今回は私のように漢方薬を専門に扱っている者にとって、一番大事といっても過言ではないくらい大事な「病因・病機」について解説していきます。
よくお電話の問い合わせ等で、「◯◯の病気ですが、それに効く漢方薬はありますか?」と訊かれることがあります。
その場合、少し困ってしまいます。
病名からある程度の漢方薬に絞ることはできますが、病名だけでは果たしてどんな漢方薬が有効なのかを明確には特定できないからです。
漢方薬を決定するまでには、東洋医学的なプロセスを経ないといけません。
そこで大事になるのが「病因と病機」という考え方です。
病機:病理のメカニズム
もう少しわかりやすくいうと、病因病機とは「身体のどこで何が起きているのかを、症状や体質をもとに明らかにすること」です。
これは、警察官や探偵のように、犯行現場の痕跡を手がかりに死因や犯人を明らかにするのと似ているともいえます。
病因病機は漢方特有のものではなく、西洋医学も同じように原因を特定して、それに応じた対処法を行う点では同じです。
ただ、ややこしいのが「病名≠漢方薬」とならないことです。
一般的にいう病名とは、西洋医学の診断のもとで付けられたものなので、東洋医学とは違うプロセスを経て導かれた診断名です。
ですので、病名が決定しているからといって、そのまま東洋医学の治療法も決定するわけではありません。
病因・病機のプロセス
例えば、下痢で悩んでいてなんとかして欲しいというご相談があったとします。
この場合、下痢だから「◯◯の漢方薬」を使えば良いとすぐに結論を出すことはできません。
それでは、当てずっぽうな推理を行なっているだけになります。
まずは、病位(病気の発症部位)の特定をしていきます。
下痢が起きているということから、病気が起きている場所は、「腸」と特定できます。
この「腸」に何らかの異常が起きていることがわかりますね。
次に、病因(病気の原因)を探していきます。
そのためには、下痢が起き始めた当初のことを詳しく確認していく必要があります。
すると、会社で冷房が直接当たって身体が冷えてしまうようになってから下痢が生じることがわかりました。
この場合の病因はクーラーの冷たい風が身体に当たった、もう少し専門的に言えば、冷たい風というのは寒邪のことで、これにやられたことになります。
次に病機(病理のメカニズム)を考えていきます。
寒邪は身体全体を襲っているわけですが、症状としては下痢として現れています。
そのため、寒邪は腸に入りこんで腸の蠕動運動の働きを乱したことが下痢につながっています。
寒邪の特徴の一つとして「収引(シュウイン)・収斂(シュウレン)」があります。
収引・収斂はギュッと筋肉を固まらせて、動きを止める働きがあります。
体が冷えると体がこわばるように、腸の筋肉もこわばって固まり、本来なら腸で水分を吸収しなければならないのに水分を吸収できずに便とともに排出されてしまいます。
その結果、大便に水を含んだ軟らかい便になってしまいます。
ということで、病機は「寒邪が腸に入り、寒邪の収斂作用で腸の機能が低下して、その結果下痢になった」と明らかになりました。
ただこれでは説明が長いので、漢方ではこの状態を「脾胃実寒証」という、東洋医学での病名をつけることができます。
東洋医学では胃と腸を合わせて五臓の「脾」もしくは「脾胃」にまとめられますので、腸実寒証とは言わずに「脾胃実寒証」と言います。
実寒とは、「邪実が主体の病変」です。
今回の場合は「寒邪」が主体で、身体に害を及ぶすものが身体に入ってきたわけですから、「実寒」といいます。
証というのは、東洋医学でいうところの病気の状態、病名のようなものです。
・脾胃:胃腸を含めた消化器を指します(今回は主に腸)
・実寒:身体に害を及ぶす邪(今回は寒邪)が、身体に入って悪さをしている
・証:東洋医学の病名
脾胃実寒証とわかれば、あとはそれを改善する漢方薬を選んでいきます。
治療としては入ってきた寒邪を追い払いつつ、脾胃を温めていきます。
これを散寒(サンカン)とか袪寒(キョカン)といいます。
そして、脾胃を温めること(これを温煦(オンク)という)も同時に行なっていきます。
なおかつ脾胃を温煦し、袪寒する漢方薬としては「人参湯(ニンジントウ)」が適しています。
ここまでして、ようやく漢方薬が決まります。
ですので、下痢だからといって、必ずしも人参湯を用いるわけではありません。
それ以外にも、下痢には様々なケースが想定されます。
・冷房による下痢
・連日の疲労がたたっての下痢
・ストレス性の下痢
・暴飲暴食による下痢
・お酒の飲み過ぎによる下痢 など
今回は冷房によるお腹の冷えによる下痢、東洋医学的にいえば脾胃実寒証による下痢であると判断できたので、人参湯を用いたわけです。
ですので、西洋医学的な病名の下痢だからと言って、人参湯を用いるわけではありません。
また、複雑な場合では病因や病機が一つとは限りません。
複数の病因が絡み合っている場合も想定されます。
そのような場合は、優先順位をつけながら順番に対処していくか、あるいは同時に複数に対処していくかも検討していく必要があります。
まとめ
ということで、今回は病因と病機について解説してきました。
病機:病理のメカニズム
これにより漢方なりの病名である「証」を決定することができるということで、カウンセリングをする上ではこのプロセスがとても大切だということでした。
東洋医学を行うものとしてはとても初歩的な話ですが、常に忘れずに心に留めておきたいところです。








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