補中益気湯(ホチュウエッキトウ)は病院で処方される漢方薬の中で、常に上位ベスト3に入るくらい多く使われている漢方薬の一つです。
それは、西洋薬にはない「体力をつける作用、食欲を出す作用、病後の体力回復」といった、身体を補う作用があるからです。
最近では、コロナウイルス感染症後の後遺症による倦怠感、食欲不振、ブレインフォグや、抗がん剤や放射線治療後の体力低下、食欲不振などにも応用されており、活用の幅が広まっています。
このように、補中益気湯は体力増強剤としての側面を期待して臨床で使われておりますが、補中益気湯の本質はもっと深いところにあると思われます。
このコラムでは、補中益気湯の本質について出典から読み解いていきます。
出典にあたることで、その漢方薬がどのような目的で作られたのか、その意図を汲み取ることができます。
ということで、今回のコラムは一般の方向けというよりも、臨床の方をメインに記載した内容になります。
補中益気湯が出来た経緯
補中益気湯を作ったのは、中国の金代の李東垣(リトウエン)です。
李東垣が著した『内外傷辨惑論』(ナイガイショウベンワクロン)(1247年)、『脾胃論』(ヒイロン)(1249年)に補中益気湯が初めて登場します。
現代で用いられている一般的な補中益気湯の効能は、「胃腸を健やかにして、元気をつける」ことです。
李東垣が著した『脾胃論』の脾胃とはまさに、胃腸のことを指しており、胃腸を元気にすることがさまざまな病気の改善につながることを書籍の中で解説しています。
李東垣がこのような胃腸にフォーカスを当てるに至ったのは、李東垣が置かれていた当時の時代背景が色濃く関係しています。
それは「張元素(チョウゲンソ)の存在」・「戦乱の世の時代背景」の2点が挙げられます。
張元素(チョウゲンソ)の存在
一つには、李東垣が師匠として仰いだ張元素(チョウゲンソ)の影響です。
張元素は臓腑弁証説を確立して、後世の臓腑弁証学説の礎を作りました。
臓腑の中でも、張元素は脾胃(胃腸)を重要視して、脾胃の虚弱を治療する方法について述べています。
張元素を師として仰いだ李東垣は、その流れをくみ、脾胃に重点を置くのも当然と言えるかと思います。
戦乱の世の時代背景
もう一つの要因は、当時の時代背景です。
李東垣の時代はまさに金と元の激しい戦乱の頃で、食料が不足し人々は飢餓にさらされながらも、労働や兵隊としての任務を行わざるおえませんでした。
このような状況に置かれたため、当然ながら脾胃は弱ってしまい、元気がなくなってしまったところに、外感(感染症、冷え、暑さ、湿気など)を受けて発熱するものが多数出ました。
しかし、当時の医者は解表剤(発汗療法)による攻撃性の強いもので治療にあたっていたため、さらに元気を衰えさせて、死者を続出させてしまいました。
李東垣はこのような状況を憂慮して、発熱の原因は「脾胃(胃腸)の弱りによる元気がなくなったこと」だと声をあげ、『脾胃論』や『内外傷辨惑論』を著しました。
当時の食糧不足の状況が身体に与える影響をいち早く察知した結果、補中益気湯を創出するに至りました。
このように、補中益気湯は李東垣が師匠から医学を学んだ考え方と当時の飢餓による脾胃の虚損の時代背景がうまくマッチしたことにより、必然的に作られたと言えます。
出典から読み解く補中益気湯
では、具体的に李東垣は『脾胃論』や『内外傷辨惑論』でどのように用いると述べているのかを解説してみます。
先ほどもお伝えしたように、李東垣は脾胃を重要視していることがわかります。
『内外傷辨惑論・巻中・飲食労倦論』
「人は、胃気を以て本と為す。」
胃気つまり、飲食から得られるエネルギーや水、栄養が人を人たらしめているといっています。
胃腸の消化吸収が十分に機能しており、しっかりと食事が取れていることが、生きていくのに重要であるということです。
しかし、飢餓や過労が続いて脾胃(胃腸)が障害を受けると元気が不足します。
『内外傷辨惑論・巻中・飲食労倦論』
「・・・苟も飲食、節を失し、寒温適わざれば、則ち脾胃傷れ、喜怒、憂恐、労役、過度にして元気を損耗す。既に脾胃虚衰し、元気不足すれども、心火、独り盛んなり。心火は陰火なり。・・・」
抜粋した文章では、元気が不足し脾胃が衰えると、心火(シンカ)(=陰火:インカ)が盛んになると記載されています。
心火(陰火)とは
心火、陰火というのはなんだということになります。
通常であれば、元気がなくなる、つまり気虚になるということは、身体のエネルギーがなくなるため、冷えが生じてくると考えられます。
しかし、李東垣は元気がなくなると心火によって発熱すると述べています。
元気がなくなると、熱が出るというのを東洋医学的にはどのように考えるべきか悩んでいたところ、それについて明快な回答を出してくれたのが柯琴(カキン)です。
『古今名医方論』補中益気湯 柯琴
「至若労倦、形気衰少、陰虚而生内熱、表症頗同外感、惟東垣知其為労倦傷脾、谷気不盛、陽気下陥陰中而発熱、制補中益気之法。〜」
これを私なりに翻訳すると、
さらに、元気と火の関係性についても述べられています。
『内外傷辨惑論・巻中・飲食労倦論』
「火、元気と両立すること能わず、一勝てば則ち、一負く。」
火(心火)と元気は両立せず、元気がなくなれば熱が出て、元気が回復すれば熱も治るということです。
これは、みなさんの中にも経験があるかもしれませんが、1日中外で運動したり、レジャーや仕事などで身体がクタクタに疲れ切った後、体に熱がこもったようなほてって微熱っぽい状態になることです。
ゆっくり寝て休むと、翌日にはすっかり熱感もなくなり、元に戻る(元気が回復)ことです。
これが、柯琴がいうところの「陰虚による内熱」、李東垣がいうところの「心火・陰火」です。
東洋医学について勉強された方は、陰火は分かりにくいかもしれませんが、陰虚内熱や虚熱という言葉ですと分かりやすいかもしれません。
陰というのは身体を冷やす、身体の熱が暴走しないように制御しているものですが、その陰が過労により虚す(不足する)と、身体の熱を冷ます機能が低下して、身体が発熱してしまいます。
身体がクタクタに疲れ果てるということは、元気がなくなるだけでなく、陰虚(身体の水分や体重減少)も生じて、熱を生み出すことです。
そして、その疲労困憊による発熱を抑えるのが「補中益気湯」になるわけです。
・補中益気湯は、元気をつけることで発熱を抑えることが目的
・補中益気湯は、元気をつけるだけでなく、陰虚を改善する(陰を補う作用がある)
補中益気湯の生薬構成
補中益気湯の生薬構成は「黄耆(オウギ)・当帰(トウキ)・人参(ニンジン)・白朮(ビャクジュツ)・陳皮(チンピ)・甘草(カンゾウ)・柴胡(サイコ)・升麻(ショウマ)」の8味に現代は<大棗(タイソウ)・生姜(ショウキョウ)>の2味が加わり、10味となっています。
これらの構成生薬がどのような働きをしているのかは『内外傷辨惑論・巻中・立方本旨』を参考に見てみます。
・黄耆(オウギ):肺気を補い、皮毛を強くして自汗を止める
・人参(ニンジン):陽を生じて、血を生じる
・当帰(トウキ):陰血を補う
・白朮(ビャクジュツ):胃中の熱を除く
・陳皮(チンピ):胸中に乱れた清気と濁気を整える
・甘草(カンゾウ):火熱を瀉して、脾胃を元気づける
・柴胡(サイコ)+升麻(ショウマ):引き下がった胃中の清気を持ち上げる
まとめ:補中益気湯の作用
一般的な補中益気湯の働きは気虚や中気下陥(チュウキゲカン)、清陽不昇(セイヨウフショウ)、気虚発熱(キキョハツネツ)といった、「不足した気を改善する」ことで、元気をつけたり、疲労による発熱、立ちくらみ、食欲不振などを改善すると考えられます。
しかし、出典の意図を読み解くと、ただ気を補うだけでなく、陰陽のバランスを整えて気血を増やしていくことが描かれています。
このようなことを踏まえて、実際の臨床での活用を考えてみたいと思います。








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