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症例紹介

症例110 胃腸の不調の症例から考える半夏瀉心湯と六君子湯(香砂六君子湯)の鑑別

相談内容

相談者:50代前半 女性
相談内容:胃もたれ、胃の膨満感、ゲップ、下痢

1週間ほど前から、食事をして20〜30分すると胃がもたれて張ってきて、ゲップが出てきて、1時間くらいすると腹痛を伴う泥状の下痢が出てきます。

たまに、胃痛も出てきます。

吐き気はなく、嘔吐することはありません。

食べたい気持ちはあるのですが、食べると消化不良を起こしてしまうので、なるべく少量だけにとどめています。

更年期に入って、体の不調が起きやすくなってきたので、普段から食事にも気をつけようと、野菜や大豆などをお腹はいっぱいでも無理矢理食べていた結果、胃腸をこわしたのだと思います。

病院で胃酸を抑える薬や整腸剤をいただきましたが、イマイチ効果が出なかったのでこちらに来ました。

2つ目に行った病院で「半夏瀉心湯(ハンゲシャシントウ)」を処方されて服用したら、少し胃の不調が改善されましたが、下痢は治りませんでした。

処方選択

さて、急性の胃腸炎のご相談です。

食べ過ぎによる胃腸の不調に「半夏瀉心湯」を服用しても、改善しきらなかったとのことでした。

そこで、私の方では別の漢方薬をお渡ししました。

処方)香砂六君子湯(コウシャリックンシトウ)

服用して、1日で胃もたれ、胃痛、ゲップ、下痢がピタッと止まりました。

その後、嬉しくなっていつも通りの量を食べてしまったら、また元に戻ってしまったので、食養生についてお伝えしたところ、事なきを得ました。

半夏瀉心湯と六君子湯の鑑別

半夏瀉心湯とは

半夏瀉心湯は『傷寒論』(ショウカンロン)を出典とする処方で、治療法を間違えて下剤を使ってしまったことで、生じた胃腸の不調に用いるとされています。

今回は下剤は使っていませんが、食べ過ぎによって胃腸に負担がかかったがために不調に陥ってしまっている点は一致しています。

また、半夏瀉心湯の特徴は「心下痞(シンカヒ)」があることです。

心下痞は体の中心にある胃がつまることで、上下を行き来する「気」の昇降作用をストップさせてしまうことで、胃のつまり感、スッキリしない感じを表しています。

そのため、心下痞によって本来降りるべき気が降りずに上って「嘔吐」になったり、降りてはいけない気が下ってしまうことで「下痢」になってしまっている時に用います。

その点も、今回の症状のゲップや胃もたれ、下痢などの症状と一致しています。

さらに、みぞおちぶを押してもらっても痛みはないのも半夏瀉心湯の特徴であり、一致しています。

ここまで見れば、半夏瀉心湯が適当のように思うかもしれませんが、実際にはあと一息足りない状況でした。

香砂六君子湯とは

香砂六君子湯(コウシャリックンシトウ)とは、六君子湯(リックンシトウ)という漢方薬に香附子(コウブシ)、木香(モッコウ)、藿香(カッコウ)、縮砂(シュクシャ)など加えた処方のことです(何を加えるかは出典や状況によってことなります)。

香砂六君子湯の元となっている六君子湯は、元来「胃腸が弱っていてゲップをするものを治す」処方として作られました。

また、胃腸の弱りにより下痢をしたり胃もたれする、逆流性食道炎や嘔吐をする場合などにも用いられます。

ですので、この患者様の症状だけを見ると、半夏瀉心湯も六君子湯もどちらも適応となりそうです。

半夏瀉心湯と六君子湯の違い

このように症状だけで処方を選択すると、混乱してしまいます。

そこで、今度はこの患者様の体質に着目をしてみます。

この患者様は本来は元気で、声もハキハキしている方です。

ですが、胃腸はもともと強くはなく、さらに更年期に入ってより胃腸の虚の度合いが増したものと思われます。

さらに、最近は雨が多く湿気が強いこともあり、胃腸に湿がたまって負担がかかりやすい環境下にあります。

湿気は容易に湿邪となり、胃腸に溜まり胃腸の機能を低下させます。

また、食事に関しても不摂生なものではなく、野菜や大豆などの食材をいつもより食べ過ぎただけです。

さらに、発症から1週間経過しているため、十分な食事も取れておらず、より胃腸の「虚」の側面が強まっているものと思われます。

半夏瀉心湯も香砂六君子湯も「虚実錯雑(キョジツサクザツ)」(体の弱りである虚と体に実害をもたらす実の両方があること)に対応することができる処方です。

ですが、半夏瀉心湯と香砂六君子湯を比較すると、胃腸を元気づける「四君子湯(シクンシトウ)」が配合されている香砂六君子湯の方が、より虚状に陥ってる人に適していると考えられます。

また、舌が水を帯びていて歯痕(シコン:歯型がある舌)であることから、水分が多く体に溜まっており、熱状は認められませんでした。

半夏瀉心湯は「黄連(オウレン)・黄芩(オウゴン)」といった清熱作用のある生薬が配合されており、舌が赤みを帯びたり、黄色の苔を呈している熱証タイプであることが多いです。

一方の香砂六君子湯は、寒証であり上記のような水っぽくてフニャッとした締まりのない舌であることが多いです。

さらに、香砂六君子湯は胃腸の水滞を除く生薬である「白朮(ビャクジュツ)・茯苓(ブクリョウ)・半夏(ハンゲ)・陳皮(チンピ)」が豊富に含まれているのも特徴で、それにより下痢を抑えられたのかと思われます。

最後に、六君子湯ではなく香砂六君子湯にしたのは、胃痛や腹痛といった痛みがあったため、痛みを抑えるのに有効な香附子(コウブシ)が必要だと考えて、選択しました。

まとめ

「後医は名医」という言葉がありますが、今回はまさに私がその恩恵に預かった次第です。

半夏瀉心湯を服用した後でしたので、患者様の虚状がより明確にできたのです。

これからも、もっと患者様の状態を的確にわかるように日々精進したいと思います。

今井 啓太

薬剤師。1984年生まれ。名古屋市立大学、大学院を出た後、大手医薬品卸会社に入社。営業所の管理薬剤師として、西洋医学を中心に知識を深める。その後、調剤薬局勤務を経て、漢方薬局 博済に勤務。福島毅先生より、中医学理論及び漢方の臨床について学ぶ。その後、漢方コラージュの戸田一成先生より漢方経方理論を学び、実践への礎を築く。2016年、三鷹にて漢方薬局 Basic Spaceを開局。

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