今年は例年と比べて、「百日咳」流行っているようです。
2025年4月上旬から増え始めて、現時点(6/27)ではまだ収束してはいなようです。
参考:NHK 感染症データと医療・健康情報(百日咳の感染者推移)
百日咳とは
百日咳には以下の特徴があります。
- 百日咳菌によって起こる感染症
- 激しく咳込んで、呼吸困難になることも
- 顔が真っ赤になるまで咳込む事も
- 連続する乾いた咳になることが多い(痰はあまり絡まない)
- 回復まで2~3カ月かかることもある(百日ほど咳が治らないことがある)
- 夜間になると咳が激しくなる
- 子どもが感染すると重症化しやすい
- 特にワクチン未接種の乳児では呼吸困難や二次感染による肺炎などを引き起こすケースもある
- ワクチンの効果が低下した大人が百日咳にかかり、子どもに感染させてしまうケースが問題
百日咳に竹筎温胆湯(チクジョウンタントウ)?
この間、当薬局に「百日咳かも」ということで、患者様(大人の方)がいらっしゃいました。
咳が出始めたので、病院で処方してもらった咳止めや痰切りの薬などを飲んだらかえって痰が切れなくなって咳が悪化してしまったようです。
ご自身でインターネットで調べたところ、「百日咳」かもしれないということで、これまたインターネットで百日咳に有効な漢方薬を探したところ「竹筎温胆湯」と「麦門冬湯」が良いとのことで、これらを服用したところ、1週間ほどで咳が落ち着いてきたようです。
この患者様は最初は痰が多かったようですが、時間経過とともに痰が乾いてきて、のどの乾燥感も出てきて、次第に痰のキレが悪くなってきたようです。
百日咳かどうかは定かではありませんが、竹筎温胆湯と麦門冬湯で症状が少しずつ軽減してきたことを考察してみたいと思います。
とりわけ今回は「竹筎温胆湯」の出典をもとに、どのような咳に用いるかを解説したいと思います。
竹筎温胆湯の出典
まずは竹筎温胆湯の出典からみてみます。
出典とは、漢方薬が歴史上初めて書籍とし残されているものになります。
竹筎温胆湯の出典は1615年(中国、明)に龔廷賢(キョウテイケン)という方が残した『寿世保元』という書籍になります。
『寿世保元・巻二・傷寒』1615年、明、龔廷賢
「傷寒にて日数過ぐること多く、その熱退かず、夢寝寧んぜず、心驚恍惚し、煩燥し痰多きに宜し。」
なんて書いてあるか分かりづらいですので、私の方で解釈してみますと、
「風邪をひいて日数が経過し、胸がソワソワして眠れなく、痰が多く、夢や悪夢が多く、驚き易く、動悸もし、精神がもうろうとするなどの症状に竹筎温胆湯を用います」
ここでいう、「風邪」というものは、現代ではインフルエンザやコロナウイルスなど様々な感染症も含んでいます。
風邪の初期症状(頭痛・発熱など)は治りかけているのに、精神症状や痰などが出てきてしまっている時に竹筎温胆湯を用いるとされています。
①竹筎温胆湯は温胆湯の加減法
先の出典で大切なところは、「痰が多い」ということです。
これが一つ目のポイントです。
竹筎温胆湯を咳に用いる場合には、痰の状態を確認する必要があります。
痰がまったくない乾いた咳の場合は、竹筎温胆湯を用いることはありません。
そもそも、竹筎「温胆湯」は、「温胆湯」という漢方薬をベースにして。そこに複数の生薬(柴胡・黄連・麦門冬・人参・香附子・桔梗)をプラスしたものになります。
この温胆湯は『備急千金要方』を出典としますが、「痰が多くて、それが熱をもつことで交感神経が優位になって眠れないもの」に用いるとされています。
温胆湯も竹筎温胆湯と同様に「痰が多い」と記載されており、温胆湯の生薬がそのまま入っている竹筎温胆湯も同様に痰が多い状況に用いるのは当然と言えます。
②竹筎温胆湯は小柴胡湯の加減法
二つ目のポイントは竹筎温胆湯には小柴胡湯(黄芩を黄連に変えたもの)が含まれていることです。
小柴胡湯は風邪症状が長引いて、胃腸症状や気管支症状が残っている時に「治りきらない炎症を改善する」ために用います。
つまり、咳や痰に用いる場合に気管支や胸部に炎症が残存している状態を解消するのが小柴胡湯です。
そのため、竹筎温胆湯でも同様に気道や気管支に炎症が停滞しているため、痰は熱によって濃縮されて、「黄色で粘っこい」状態になっています。
③竹筎温胆湯は麦門冬湯の加減法
三つ目のポイントは竹筎温胆湯には「麦門冬湯(粳米を抜いたもの)」が含まれているということです。
麦門冬湯は、気道や胃を潤して乾いた咳を止めたり、のどの燥き、胃腸の働きを整える作用などがあります。
ここで大きな矛盾が生じます。
ポイント①では竹筎温胆湯は「痰が多い」といっておきながら、ここでは「乾いた咳」に用いる麦門冬湯が含まれていて、どっちが正しいのかわからなくなってしまうかもしれません。
これは、時間経過の中で「炎症→乾燥」がグラデーションとして移り変わっているのを示しています。
ポイント②では風邪症状が長引いて、気道で炎症が続いていることを示しています。
炎症が続くというのは、熱によって体の水分が焼かれている状況です。
この慢性的な炎症によって、体の水分が失われていくのを防ぐために「麦門冬湯」が加えられていると考えられます。
気道において水分(粘膜)が乾燥していく過程にあるので、痰もはじめは出しやすかったのですが、時間経過とともにのどが乾燥していき「痰が切れにくく」なっていきます。
そのため、本来なら痰がたくさんあっても「ぺっぺっ」と吐き出せるところも、痰の周りが乾燥してしまい、痰が固まってキレが悪くなっている状態です。
竹筎温胆湯が適応となる咳
以上のことから、竹筎温胆湯の適応となる咳についてまとめると、以下のようになります。
- 痰はあるが絡んでキレが悪い
- 風邪後に治りきらず、痰が絡む咳が長引いている
- 慢性に咳や痰が続くことで、体力が落ちてきている
- 痰のない乾いた咳には用いない
- 痰の色は黄色〜緑色(桔梗配合)で粘り気が強い
そこで、最初の患者様の話に戻ってみます。
「最初は痰が多かったが、時間経過とともにのどの乾燥感も出てきて次第に痰のキレが悪くなってきた」
まさに、気道の炎症が取れ切れずに長引くことで、炎症から陰虚(渇き)に移行している過程が見てとれます。
そこで、竹筎温胆湯だけでは陰虚(渇き)を補う作用が弱いので「麦門冬湯」を追加して潤す作用を強化していることになります。
そこがうまく合致したため、次第に炎症を抑えながらのどの乾燥も改善していったものと思われます。
まとめ
長引く咳ですが、初期〜中期の段階は炎症をとることがメインでまだ喉の乾燥は強くないので、炎症をとり痰を減らすために竹筎温胆湯で良いのでしょう。
ただし、痰がないのであれば竹筎温胆湯ではなくてもいいのかもしれません。
今回は患者様から勉強させていただきました。
コロナ禍以降、咳による漢方相談が増加している気がします。
これは病原菌やウイルスの影響もありますが、われわれ人間の方の免疫系が弱っているのかもしれません。
*漢方薬はあくまでもその人の症状に合わせることが本来のあるべきものなので、竹筎温胆湯は百日咳専用の漢方薬ということではありません。
*今出ている咳や痰の状態、その人の体質を見ながら適切な漢方薬を選択することが大切です。
コメント