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治療について

母乳を増やす漢方薬、母乳を減らす漢方薬

産後は、お身体の不調が出やすい時期になります。
出産による多大なエネルギー消費、お子様が生まれて生活環境がガラッと変わってしまったこと、ホルモンバランスの変動・・・など、心身に負担がかかってしまい、体調を崩してしまうことも少なくはありません。

産後の漢方相談の中でも、乳腺炎や母乳の出具合(出ない・出すぎる)に関する問い合わせは時々あります。どうやら、助産師さんが漢方薬を紹介しているようでした。

母乳は赤ちゃんにとっては最大の栄養源にもなりますし、なによりお母さん自身が授乳がスムーズにいかず、胸の張りや痛みが生じてしまうと、ストレスになってしまいます。

母乳はどのようにして出るのか?

母乳はプロラクチンというホルモンが出ることによって、作られます。このホルモンは授乳することによって濃度が上がります。また、赤ちゃんが吸うことによって、オキシトシンが分泌されて、その結果母乳が出やすくなります。

そのため、吸っていれば、半年〜9ヶ月程で量は減るものの、いつまでも出るといわれています。たいていは、離乳食を始めれば止まることが多いですが、中には4歳くらいまで授乳を続けている人もいます。

参考:【産科医】母乳はいつからいつまで出る?母乳を安定させるためには

漢方では「気血の量=母乳の量」

漢方では、母乳は「気血の変化したもの」と考えます。これは、以下の漢方の古代の書籍から引用しました。

「産後に血液と水分が失われるけれど、血液旺盛な者は水分も旺盛である。そのため、乳汁が多く溢れ出てくるのである」

『諸病源候論』巻之四十四

「婦人の乳汁は気血が変化したものである。もし元気がなければ、乳汁は少なくなる、初産で乳房が張るのは、乳が通じていないのである。」

『校注婦人良方』巻之二十二産後乳少或止方論第十一

気血についても簡単にご説明します。

気(キ)とは
身体のエネルギー源になるもの。具体的には以下のような働きがあります。
・身体を温める
・血流を良くする
・血やリンパ液などの体液を作り出す
・身体を動かす
・免疫の働きを担っている
・汗や尿などが、漏れないように引き締める
血(ケツ)とは
身体を栄養したり、潤いをつける
・ホルモンバランスを安定させる
・月経を整える
・皮膚、髪、爪、目に潤いとツヤをもたらす
・筋肉を栄養して、骨格を作る

色々と出てきて、わかりにくかったかもしれませんが、簡単にまとめると、母乳は「栄養を多分に含んだ血が、気の働きによって作られる」ことで生じるといえます。

母乳の出る量は血流がコントロール

せっかく気血によって作られた母乳も、しっかりと出てこなければ意味がありません。母乳は血の一部でしたので、血流が良くないと母乳は出てきません。

この血流を左右するものに、疏泄(ソセツ)が関わってきます。

疏泄(ソセツ)
疏泄とはのびのびとしていることを意味します。のびのびとすることで、気血の流れが良くなり、全身に行き渡らせることができます。そのため、自律神経やホルモンバランスを意味することもあります。疏泄が失調すると、伸びやかさが失われて、気血の流れが悪くなり、自律神経やホルモンバランスも悪くなってしまいます。

このように、疏泄(ソセツ)はとても大切な働きをしています。産後は気血が少なく、育児のストレスや生活環境の変化、またホルモンバランスが安定しないため、疏泄が乱れやすい時期です。そのため、せっかく作られた母乳も出てこなくなってしまいます。

以上より、母乳を出すためには、気血を充実させて、疏泄を整えて血流を改善することが大切になってきます。

母乳が止まらないのは?

母乳が少ないのも困りますが、多すぎると母乳がうっ滞してしまい、乳腺炎になるリスクが高まります。また、赤ちゃんもむせたり、咳き込んでしまうこともあります。母乳が多くなってしまうのは、高プロラクチン血症などの病気の可能性も考えられます。

参考:【助産師解説】母乳過多!?母乳が出過ぎて困る場合の対策

母乳過多は「気虚と熱」

漢方では、母乳が絶え間なく自然に流出するものを「乳汁自出」や「漏乳」、「乳汁自涌」などど呼びます。身体が丈夫で、気血が旺盛であることにより、乳房が乳汁で充実して飽和状態となり溢れ出る場合は問題ありません。

母乳が漏れ出てくるような場合は、「気虚(キキョ)」と「熱」の2つの原因があります。まずは、気虚について説明します。

気虚(キキョ)
気が不足した状態のこと。

先ほど、母乳は気血によって作られると説明しました。にも関わらず、母乳が多くなってしまうのも、気の不足とは一見矛盾しているように思いますよね。

たしかに気が不足すると、母乳の元である血も作り出すことができません。しかし、気の働きには汗や尿などが漏れ出るのを防ぐ固摂(コセツ)という大切な働きがあります。そのため、気が不足すると子供や年配の方が、尿もれをしやすかったりするように、母乳をとどめておく力がなく、漏れ出てきてしまいます。

次に熱による影響について説明します。

熱いお風呂に長く入っていると、のぼせますよね。のぼせた時に人によっては、鼻血が出てきてしまうことがあります。この理屈と同じように、身体に熱がこもってしまうと血流に勢いがついてしまい、母乳が多くなります。ですので、余分な熱を冷ましならが、血流を整えていく必要があります。

次にはいよいよ、どのような漢方薬を用いれば良いかについて、解説していきます。

母乳を増やす漢方薬と減らす漢方薬

今までのことをまとめてみると、母乳を増やしたり止めたりするには以下のような漢方薬が必要になります。

★母乳を増やす=気血を補う、疏泄(血流)の改善
★母乳を止める=気を補う、過剰な熱を抑える

これから、順番に説明していきます。

母乳を増やす漢方薬

1 気血の不足の場合

母乳は「血」の一部であることを考えると、「血」を増やす漢方薬を用いなければいけません。また、出産時には大量のエネルギーである「気」も消費します。

分娩時に出血過多になったり、さらに子育てで十分な食事や睡眠が取れない、もともと体が丈夫でないなどで身体が弱ってしまった場合は、母乳の元となる気血を生み出すことができません。

そのため、漢方薬で胃腸を底上げして、気(エネルギー)や潤い分(水)、血を効率的に生み出せるようにしていきます。

八珍湯(はっちんとう)
血を補う四物湯(地黄・当帰・芍薬・川芎)と気を補う四君子湯(人参・朮・茯苓・甘草)を組み合わせた処方になります。出産や過労などで、体力がおとろえてしまった方に用いる処方です。気血を増やして、もろもろの症状を改善する働きがあります。
温経湯(うんけいとう)
産後で失った血や体液などを豊富に含んだ処方です。さらに、胃腸の状態も改善したり、処方の名前にある通り、身体を温める作用もあるので、生理不順や不妊治療、更年期障害など幅広い婦人疾患に用いることができます。

2 疏泄失調による場合

産後は体調変化や環境変化により、ストレスを抱えやすい時期です。このストレスにより、疏泄が乱されると、気血の巡りが悪くなり、母乳が出なくなってしまいます。ストレスを解除して気血を巡らせることで、乳房の張りを取り除き母乳を出しやすくさせます。

逍遥散(しょうようさん)
イライラや落ち込み、抑うつなどの精神症状に用いる代表処方です。疏泄(ソセツ)を整える作用があり、精神症状に用いたり、気血を巡らせて詰まりを取り除きます。

3 その他

それ以外にも、母乳分泌を高めるものがあります。

葛根湯(カッコントウ)
風邪の初期に用いて、背中やうなじがゾクゾクと強張っているものを和らげる作用があります。これを応用して、乳房が張ったため、乳汁が出なくなってしまったものにも用いるようになりました。乳腺炎の初期症状の悪寒がして、肩がこるものに用いると良いでしょう。
蒲公英湯(ホコウエイトウ)
蒲公英(ホコウエイ)は炎症や化膿を抑える作用があり、乳腺炎に用いらます。蒲公英に血を補う当帰(トウキ)や気の巡りを改善して疏泄を整える香附子(コウブシ)、炎症を抑えながら血流を改善する牡丹皮(ボタンピ)、気を補う山薬(サンヤク)が含まれており、気血の両方に働くバランスの良い処方です。

母乳を止める漢方薬

母乳がたっぷり出るのはとても素晴らしいことです。なぜなら母乳はお子様にとっての最高の栄養になるからです。ですので、お母さんの体がしっかりしていて、病的に母乳が出ているわけではない場合は、治療の対象となりません。

あくまでも、気虚(キキョ)や熱状が明らかにあり、母乳が止まらない時に漢方治療の対象となります。

1 気虚の場合

このような場合は母乳を増やす場合と同じように、体力を補いながら、母乳が過度に出過ぎないように、引き締める処方を用います。ただし、引き締める作用のある黄耆(オウギ)を含んだ処方にします。

帰脾湯(キヒトウ)
脾不統血(ヒフトウケツ)といって、気が不足したことにより、出血が止まらないような時に用いる処方です。その作用を応用して、母乳過多にも用いることができます。
補中益気湯(ホチュウエッキトウ)
気虚の代表的な処方です。身体が疲れて、倦怠感が強い時に用います。黄耆(オウギ)と人参(ニンジン)で気力を底上げして、汗を抑えたり、尿もれを抑えたりするように、母乳の漏れ出てくるものを引き締めます。

2 熱が過剰な場合

本来は出産後に出る母乳も妊娠中に出てしまったり、色が濃くどろっとした母乳が多量に出る場合は、熱により血が蒸された結果、濃縮されて勢いがついて出てしまったものになります。

このような場合は、メンタルにも影響が出やすくすぐにカッとなったり、胸も張って痛く、体温調節も乱れて、ほてりやすくなります。漢方薬で熱を冷ましながら、血流を整えていきます。

加味逍遥散(かみしょうようさん)
逍遥散(ショウヨウサン)に熱を冷ます牡丹皮(ボタンピ)・山梔子(サンシシ)を加えた処方になります。疏泄が乱れてイライラしやすく、ホルモンバランスが不安定な状態に加えて、のぼせや手足の火照りがある場合に用います。
温清飲(ウンセイイン)
血熱(ケツネツ)と呼ばれる、血に熱を持って不正出血が止まらないような状況に効果を発揮します。その原理を応用して、熱による母乳過多に応用されます。

3 その他

その他の治療として、麦芽を用いることもあります。

麦芽(バクガ)
大量の麦芽(30-60g)には回乳作用といって、乳汁分泌を抑制すると言われています。

おわりに

母乳について漢方薬での捉え方について、少しでもご理解いただければ幸いです。母乳が多いときも、少ない時も同じような治療で改善をすることができます。もちろん、乳腺炎や高プロラクチン血症などの影響もあるかもしれないので、あまりにも改善しない場合は医療機関にかかられることをお勧めします。

また、授乳中はかなり体力も消耗している頃なので、なるべく休みつつ、血の原料となるタンパク質を意識してとってください。

<参考文献>
・中医婦人科学
・諸病源候論 巻之四十四(産後乳無汁候・産後乳汁溢候)
・校注婦人良方 巻之二十二(産後乳少或止方論第十一)
・景岳全書 巻之三十九(乳病類)
症候による漢方治療の実際(南山堂)

この記事の執筆者:三鷹の漢方薬局 Basic Space 今井啓太

今井 啓太

薬剤師。1984年生まれ。名古屋市立大学、大学院を出た後、大手医薬品卸会社に入社。営業所の管理薬剤師として、西洋医学を中心に知識を深める。その後、調剤薬局勤務を経て、漢方薬局 博済に勤務。福島毅先生より、中医学理論及び漢方の臨床について学ぶ。その後、漢方コラージュの戸田一成先生より漢方経方理論を学び、実践への礎を築く。2016年、三鷹にて漢方薬局 Basic Spaceを開局。

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