婦人科疾患として有名な処方に加味逍遥散や逍遥散がある。
生理前の情緒不安定・イライラなどを緩和し、生理不順や更年期障害のホットフラッシュの改善が期待できる処方だ。
生理前のイライラの改善に加味逍遥散や逍遥散を使ってみるものの、効果が得られないこともある。
今回は加味逍遥散では効果が得られず、抑肝散を使うことで生理前のイライラが改善した症例についての紹介となる。
この症例を通して、抑肝散と逍遥散の差について考えてみたい。
症例 30代 女性 生理前のイライラ
もともと不妊治療の目的で来店された。
不妊治療となれば、生理の状態の確認が最優先となる。
生理周期:30〜40日
期間 :5〜7日(量やや多め)
生理痛 :強め
生理前 :イライラ、ムカつき
出血塊 :少し
排卵痛 :あり
その他の症状としては、
天候不良や生理前の頭痛(こめかみあたりの痛み)
胃もたれやムカつき(月経前・食べ過ぎ時)
便通や食欲には異常なし。
処方の選定
生理前のイライラを目安に、処方を組み立ててみる。
生理前のイライラとなれば、疏泄失調(気の巡りが悪くなる)を第一に考え、「柴胡+芍薬」の組み合わせの処方が思い浮かぶ。
「柴胡+芍薬」の処方はいくつかあるのだが、鑑別に大事なことは、患者様の身体の強弱をみることだ。
この患者様の身体は、やや華奢なタイプである。
なおかつ、胃も強くはなく、少しコッテリとした食事で胃の不調を起こすので、胃も弱めである。
そのため、胃の力を底上げしつつ、生理不順を改善する処方として、柴胡桂枝湯・柴芍六君子湯が候補となる。
まずは、柴胡桂枝湯を使ってみる。
胃のムカつきには多少良いようであるが、生理前のイライラには無効であった。
理論的には柴胡桂枝湯で良いはずなのに、効果が得られない。
そこで、改めて考察し直すことにする。
生理前のイライラに、疏泄失調が関わるのは間違いない。
だが、その疏泄失調を左右する要素は何であるかだ。
生理前は、大量の血を子宮に集めることになる。
そのため、ホルモンバランスをコントロールするのに必要な血(肝血)が不足になりがちだ。
もともと胃が弱く、食べ物から十分な血を作り出せないとなると、なおさら血の不足が起こりやすい。
そのため、血の不足を補ってあげることも、疏泄のコントロールには大切な要素となる。
血の不足に欠かせない生薬といえば、当帰だ。
つまり、「柴胡+芍薬+当帰」の組み合わせが必要だったのだ。
そうすると、この組み合わせをもつ処方は必然的に逍遥散となる。
しかし、以前に加味逍遥散を処方されたことがあり、効果はなかったとのこと。
そこで第二処方として、逍遥散と同じく、「柴胡+芍薬+当帰」を含む、抑肝散+芍薬甘草湯とする。
この処方にすると、生理前のイライラがパッタリとなくなった。
本人もびっくりして、すごく気分良く生理を迎えることができたと仰っていた。
次の月も同様にイライラはなかった。
(不妊治療は今も継続中である)
抑肝散と逍遥散の鑑別
このケースでは、抑肝散+芍薬甘草湯が効いて、加味逍遥散には効果がなかった。
なぜ、両処方で違いが出たのだろうか。
もう一歩踏み込んで、考察してみようと思う。
抑肝散も逍遥散も、肝鬱と呼ばれる病態に用いる。
抑肝散は中医学的には一歩進んで、肝陽化風という病態が適応となる。
だが、今回はいわゆるイライラ(肝鬱)であるのに対して、逍遥散ではなく抑肝散が奏功した。
両者に組み込まれた生薬は、非常に近しい。
近しいが故に、配合生薬の微妙な違いが効果に影響を及ぼしたのであろう。
両処方に含まれている生薬を比較してみる。
抑肝散(+芍薬)
柴胡・芍薬・当帰・朮・茯苓・甘草・川芎・釣藤鈎
*私は和田東郭に従って、通常は抑肝散に芍薬を足して、用いている。
逍遥散
柴胡・芍薬・当帰・朮・茯苓・甘草・生姜・薄荷
よって両者の生薬構成の差は抑肝散+芍薬には、川芎と釣藤鈎、逍遥散には、生姜と薄荷が入っており、これらの違いが、効能の差となっている。
そのため、川芎と釣藤鈎の効能が分かれば、効果の差が明らかとなる。
まずは、川芎の効能から見てみよう。
川芎は「血中の気薬」と呼ばれていて、気を巡らすことで血の運行を促進している。
川芎がメンタルの改善に寄与していると述べているものに、和田東郭『蕉窓雑話』がある。
和田東郭『蕉窓雑話』
「川芎は粗い櫛で髪の縺(もつ)れを梳(す)き立てる様に、肝気の抑鬱した処を疏通し、肝気を條達させる。肝気を條達させるとは、すなわち抑肝にもなる。何故なら、換気が鬱すれば、必ず此より鬱火を生じ、鬱火は段々と亢極する。この時、抑鬱したる肝気を條達させれば、自ずと鬱火は鎮まる道理である。故に、川芎は抑肝すると知ることが出来る。」
このように、気の巡りが悪くなったことで、気分が晴れやかにならず、鬱々としてメンタルが不安定になる時に、川芎は効果的と言える。
とりわけ、生理前には子宮に血が集まっているため、気だけでなく、血の運行にも影響が出ていると考えることは、自然なことである。
川芎は「血中の気薬」として、気血を流すことで、メンタルの安定に寄与しているのであろう。
ただし、川芎の使い方には十分注意が必要である。
使い方によっては、思わぬ副作用を及ぼすこともある。
詳しくは前回のブログを参照いただければ幸いである。
釣藤鈎については、『本草備要』に「心熱を除き、肝風を平にす」とある。
漢方では身体の中に風が起こるという独特の言い回しがある。
この風が頭(脳)で起きた状態、つまり脳神経が過剰に活発になり、イライラや不眠(頭が冴える)、てんかんやら、手足の震えなどに用いるとされている。
一方の逍遥散にも薄荷が含まれており、スーッとする作用で、軽く気を流し、頭をクールダウンさせることができる。
薄荷は軽く促す程度であり、川芎や釣藤鈎ほどの強い作用はない。
よって、逍遥散よりも抑肝散を用いる方が、メンタル改善作用は強いと考えられる。
(ただ、薄荷のように、軽く気を流す逍遥散の方が向いているタイプもある。)
同じように逍遥散では効果がなかったが、抑肝散にしたら効果が出たケースは他にもあることから、川芎と釣藤鈎の作用が寄与している部分は大きいのではないかと思う。
まとめ
今回は逍遥散と抑肝散を症例を交えて、検討してみたがまだまだ課題は残る。
川芎と釣藤鈎の果たしてどちらがより効果的なのか。
逍遥散に川芎、もしくは釣藤鈎を足しても効果的なのか、さらには気滞に用いる香附子の加味はどうなのか、などである。
個々人の体質や症状の現れ方によって、川芎、釣藤鈎、さらには香附子など、どれを用いるべきかは変わってくるはずである。
今後の課題として、検討を進めていきたい。
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