心臓には異常がないのに動悸がする場合は、自律神経のバランスの乱れの可能性があります。
誰でも緊張する場面やプレッシャーのかかる場面、恐い場面などに遭遇したら、心臓の拍動が速くなり動悸が現れます。
ですが、動悸の程度や頻度が過剰になってしまうと日常生活に支障をきたしてしまうことがあります。
今回は、自律神経の影響で生じた動悸の症例をご紹介します。
患者様情報
相談者:30代 後半 男性
相談内容:特定の場所での動悸と冷や汗
仕事のストレスは多かったのですが、やりがいもあり充実した日々を送っていました。
ストレスは感じやすい方ではないとは思っていたのですが、1年ほど前の会社の研修中に急に冷や汗と動悸、胃痛が出てきました。
10〜15分くらいで発作は治ったのですが、それ以降も研修のたびに発症し、徐々に悪化してきているため困っています。
研修はある程度の緊張感はあるのですが、そこまでプレッシャーには感じてはおらず、むしろスキルアップの場として積極的に参加していました。
発作は最初は研修中だけだったのですが、次第に電車に乗っている時も動悸を感じるようになり、動悸の程度も重くなってきたので、漢方相談にきました。
現在は胃痛は改善傾向にあります。
15年ほど前に、ストレスがたまっているときの仕事のミーティング中に倒れたことがあります。
処方選択
この方は病院には受診していないので、正確な病名はわからないのですが、心臓の病気はなく糖尿病による低血糖もなさそうです。
特定の場所や状況で不安感が生じ(予期不安)、動悸や冷や汗などの症状が起きることから、おそらくパニック障害であろうと考えました。
パニック発作や予期不安に用いる漢方薬は多数用意されていますが、一律に用いても効果を発揮することはないので、患者様の症状やお身体の状況から処方を決定していきます。
パニック発作をまずは中医学の視点で考えてみましょう。
パニック発作が起きる要因としては、特定の状況下での過剰な不安感やプレッシャーがかかっていることと考えられます。
中医学ではストレスは五臓の「肝」に影響を及ぼし、気のめぐりを乱します。
また、パニック発作は発作というだけあって、突然生じる激しい症状になります。
ですので、気のめぐりが乱れるといっても、動きが遅くなったり停滞するわけではなく、通常とは違う異常な動きをし、かつ激しさが極まることで体の中で風が巻き起こります。
「体の中で風が起こる」という表現はわかりにくいですが、いわば「台風が木々を大きく揺らすように」心をざわつかせます。
気のめぐりが異常になり、身体の中で風が巻き起こることを中医学特有の表現で「内風」と呼びます。
パニック発作は内風が起きた状態とも考えられますので、この内風を鎮めることがパニック発作の治療かつ予防になります。
一方では、『傷寒論』や『金匱要略』と呼ばれる古方(経方)での、考え方は別にあります。
古方での考え方は中医学同様に、「気のめぐり」の異常がパニック発作であることは変わりません。
しかし、気のめぐりの改善方法が中医学とは異なります。
『金匱要略』には奔豚気病(ホントンキビョウ)と呼ばれる病態が提示されており、現在のパニック発作と類似しています。
・突発的に下腹部から胸に向かって気が突き上げてくる
・お腹の張り、胸が苦しい、動悸、喉の塞がり(息ができない)
・死ぬのではないかという不安
・自律神経失調症やパニック症候群に近似
奔豚気病に用いる漢方薬の中に、茯苓・桂皮・甘草・大棗の4味からなる「苓桂甘棗湯(リョウケイカンソウトウ)」があります。
・桂枝-茯苓:上逆する気と水を下降し、悸動を鎮静する
・甘草-大棗:切迫症状を緩和し血気を下降し、血の動迫を下降する
さらに桂枝-甘草の組み合わせは、気のめぐりを改善して、「心悸(動悸)」を鎮める働きがあります。
苓桂甘棗湯は胃痛や腸の痙攣などの、消化器の緊張による痛みにも対応していることから、胃痛がもともとあったこの症例にも適応があると考えて、今回はこの処方を選択しました。
処方)苓桂甘棗湯
最初は1週間分をお渡ししたところ、なんとなく良い感じとのことでした。
調子がよさそうでしたので、次は2週間分をお渡ししました。
この間に研修会があったのですが、今回は動悸が出ることなく終えることができました。
これを機に少しずつ自信がついてきて、電車に乗ることへの不安感も薄らいできました。
翌月も研修会があったのですが、まだ服用をやめるのは心配だったようでもう1ヶ月服用を続けました。
2回続けて研修会で動悸が出なかったので、もう大丈夫だと自信がついたので、頓服用として1週間お渡しして服用を終了しました。
まとめ
漢方では複数の流派があり、どのような勉強を行ってきたか、どんな先生のもとで指導を受けてきたかによって、考え方、漢方薬の選び方が異なってきます。
ですので、今回の症例では症状の改善が見込まれたのですが、違うアプローチであっても改善できたかどうかはわかりません。
一つの道を究めるのも素晴らしいことですし、いろいろな考え方を身につけて臨機応変に漢方薬を使い分けるのもまた素晴らしいことだと思います。
今後も知識と経験を貪欲に身につけていきたいと思います。
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