風邪の治療は短期決戦。
初期の段階で治療を失すると、体内に邪が進行してしまい、治療に時間を要してしまう。
そのため、風邪の初期の治療は「病態」と「体質」を慎重に見極めて、適切な処置を行わなければならない。
今回は小児の患者の治療について、考察してみる。
*コロナ禍以前の症例になります
症例 6歳 男子 発熱
冬真っ只中のとある日。
普段は活発に動き回っており、元気旺盛な男の子。
しかし、昨日の夕方頃から元気がなくなり、寒がりだしたので、熱を測ると38℃を超えていた。
同時に頭痛や腕の痛みも現れる。
その後、早めに休ませたのだが、体温は上昇し続け、夜更けには40℃近くまで上がった。
深夜から明け方にかけては、のどの渇きが強く、何度も起きて水をがぶ飲みしていた。
しかし、その割に汗は全く出ず、小便も昨晩を最後に翌日のお昼近くまで、一度もしていないとのこと。
舌質紅
舌苔白〜黄
処方の選定
まずは、発症した段階から順を追って、病態を考察してみる。
発症した段階(昨日の夕方)では、寒気と発熱、体痛があるので、この時点では邪は表にある。
したがって、麻黄湯を使って汗を出させてしまえば、おそらくすぐに治るであろう。
しかし、その後は寒気がなくなってきて、発熱が強くなってきている。
加えて、現時点ではのどの渇きが現れているので、もはや麻黄湯を使う時期を逸してしまっている。
これらの症状に対しては、分析を間違えてしまうと、治せるはずの風邪も治せなくなる。
そこで、次はのどの渇きについて考えてみる。
今回はのどが渇いた時、温かいお湯ではなく、水をがぶ飲みしていたことから、胃熱による口渇であろう。
発症してから半日以上経過していること、元々元気旺盛で体力があることから、病邪の勢いも強く、半日ほどで体内にまで侵入していったものと思われる。
ここまでの病態をまとめてみる。
・頭痛や体痛がある
→まだ体表面に病邪は残存している。
・のどの渇きや発熱、のどの痛み
→病邪の勢いが強いことから、胃まで進行している。
これらより、治療は体表面の病邪を発表させながら、同時に体内の熱も発散させていくのが良いであろう。
処方:大青竜湯
わずか一服したのち、大量の小便が出る。
それに従い熱も下がり、その後はすっかり治ってしまった。
処方鑑別
大青竜湯を一服しただけで、治ってしまったが、注意深く観察していないと、間違えかねない病態とも言える。
そこで、間違えやすい処方との鑑別を考察してみる。
五苓散
のどの渇き、小便が出ないといった症状は五苓散の目標となる症状である。
さらに、五苓散は体表の病邪にも効果的である。
これだけ症状が一致すると、迷ってしまう処方であるが、五苓散は無汗ではなく、自汗(自然に汗が出てくる)である。
大青竜湯には「麻黄+桂皮」という強力な発表作用があるが、五苓散には桂皮しかない。
そのため、五苓散の発表力は弱く、今回のように汗が出ずにこもってしまった激しい状態には向かない。
また、五苓散は水飲の偏在による口渇や小便不利であるが、大青竜湯は胃熱により水が蒸されて、乾いてしまったことによる口渇であり、病態は異なる。
白虎湯
のどの渇きと熱感は白虎湯の適応である。
しかし、白虎湯はあくまでも内部の熱(胃熱)のみに用いる処方である。
今回は頭痛、身体の痛みといった体表面の病邪もあるので、適当ではない。
さらに、白虎湯の場合は熱により、大量の汗が出るはずだ。
このまま治療せずに、時間経過すれば、大青竜湯の時期が過ぎて、白虎湯の適応にまで進行していただろう。
考察
大青竜湯は体表面の病邪を発汗させることにより、風邪症状を治療する処方である。
しかし、今回のケースでは服用後発汗することはなく、多量の小便が出ることで治癒した。
果たして、この処方で正しかったのであろうか。
調べてみたところ、同様に大青竜湯を服用して便が出たことで、治癒した症例を見つけた。
『漢方処方 応用の実際(山田光胤)』
大青竜湯の項を参照。
『温知医談第20号』山田業広
「病人は汗を出そうとして、布団をたくさんかけて寝たが、汗は少しも出ず、その苦しさは口で言えない程で、大青竜湯を5〜6貼のんだ後、大いに下痢をして3〜4回便所へ行った後、身体の痛みは拭い去るようになくなった」
これより、絶対に発汗させなければ治らないわけではなく、汗の代わりに便として出すことでも、同様の結果になることがわかった。
コロナ禍において、なかなか風邪の症例を見ることはないが、それでも風邪は早く効果が見れる病態であるので、今後も数多くみていきたいところである。
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