通常はうまくいった症例のみを出すのが良いのかもしれませんが、今回は一部の症状の改善だけに留まり、思うように改善できずに終わってしまった悔いの残る症例をご紹介します。
相談内容
20代 男性
相談内容:下痢と腹痛、起床時の胃もたれ
もともとお腹が弱く、下痢や腹痛になりやすいです。
とりわけ、夏になると下痢の頻度が上がり、腹痛も伴うことがあります。
下痢は軟便で水便までになることはあまりありません。
下痢は食べ過ぎてしまったり、お腹が冷えた時にも起きやすいです。
この症状は、7-8年前の大学生に入った頃くらいから始まったかと思います。
昔から運動をしており、今も毎日仕事終わりの夕方から夜にかけて運動をしています。
毎日運動をしてからの帰宅なので、帰ってくるのが遅く、夕食は寝る前になってしまうことが多いです。
それもあってか、朝起きると必ず胃がドクドクとして推されているような感じになります。
朝食を摂るとお腹が痛くなり下痢になってしまうので、朝はほとんど食べないようにしています。
この症状は夏に限らず、年中生じています。
水分はこまめにとっており、夏場の運動時にはガブ飲みをしてしまいます。
そのせいか、走ると胃の辺りがチャポチャポして苦しくなって走れなくなってしまいます。
スポーツをしていることもあり、体格は細身ながらも筋肉がしっかりとついている様子です。
処方選択
「下痢」と「腹痛」、「胃の不快感」の症状から、病気の部位は「胃腸」に限定されます。
下痢や腹痛は夏場に生じやすいため、湿邪(湿気)の影響を受けやすいのが特徴です。
また、水分摂取は多く、多量の水分を摂取により胃腸に水が停滞したことが下痢や腹痛の原因になっていることが明らかです。
小便の出は問題ないことから、五苓散のように水分の偏在が起きているわけではなく、消化できる以上の水を多量に摂取してしまったことで下痢や腹痛が生じたものと思われます。
処方としては、胃腸にたまった水を円滑に流し、かつ水によって冷えた胃腸を温める働きのあるものを用います。
処方)藿香正気散+乾姜
平胃散と乾姜でもよかったのですが、藿香正気散の方が水を捌く生薬が多量に含まれていたので、藿香正気散を選択しました。
服用7日
服用してすぐに、下痢や腹痛は落ち着きました。
また、胃がチャポチャポすることがなくなったので、仕事おわりの運動もスムーズに行うことができるようになります。
しかし、起床時の胃腸がドクドクとして押し返すような苦しさはまったく変化しませんでした。
胃腸のドクドクは夕食が遅いことで生じたことで、消化が十分に行われずに胃に痰飲が停滞してしまったことで生じているものと推測し、胃腸の水はけをよくするために、茯苓・朮などを増量するように処方を調整しました。
服用16日
相変わらず下痢や腹痛は起こらず順調に過ぎています。
しかし、起床時の胃のドクドクは変わらず、朝は食べられない日々が続いています。
胃がドクドクして押し返す感じがするというのは、なんとも状況が捉えずらいのですが、食欲がないわけではなく
人並み以上に食べられるので、胃の働きが低下したことで生じる「虚」によるものとは思えません。
事実、この方は香砂六君子湯や参苓白朮散の処方を今まで服用してきたにも関わらず、胃のドクドク感は改善が見られなかったと言っていました。
また、藿香正気散を使って胃にたまった水を流しても改善が見られませんでした。
さらに、藿香正気散に入っている厚朴によって気滞の改善(胃中のガスを除く、または胃の痙攣を抑える)をする漢方薬でも効果が見られないのです。
そこで、思いついたのが「枳実」という生薬です。
吉益東洞『薬徴』枳実「結実の毒を主治するなり。旁ら胸満・胸痺・腹満・腹痛を治す。」
この胃がドクドクするのは結実の毒なのではないか。
さらに、水分が胃に停滞した胃内停水を持ち合わせていることから、処方は自ずと「茯苓飲」が該当します。
尾台榕堂『類聚方広義』茯苓飲の部分を要約すると「心窩部(胃部)がつかえて抵抗があり、胸部や腹部で動悸がして、小便の出が少なく、胸がつまった感じがして、胃内に停滞する水を吐くものを治す」と記載があります。
茯苓飲には上がってくるものを押し下げるため、嘔吐や逆流性食道炎に応用されることが多いです。
しかし、今回のように嘔吐はないにせよ、胃に停滞した水毒が降りずに凝り固まってしまったものを押し下げることができないかと思い、茯苓飲を使ってみました。
服用30日
茯苓飲を用いて2週間でしたが来店がなく、茯苓飲を服用後の結果を知ることができませんでした。
効果を実感していただけたのなら、また来てくれたかもしれないので、茯苓飲でもなくおそらく別のアプローチが必要だったかもしれません。
まとめ
今回のケースでは夏場に起きやすい下痢と腹痛に加えて、慢性的な胃の不快感へのアプローチを試みました。
脾胃の不調は「冷え・熱・痰飲・気滞」のいずれか、もしくは複合的な要因で発症します。
さいわいにも、下痢や腹痛などの腸の症状はすぐに改善できましたが、胃の不快感を改善することはできませんでした。
今回は道半ばでの治療で非常に悔いの残る症例でしたが、もっと病態の原因を追求できるように精進していきます。
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