30代 女性
慢性扁桃炎および慢性上咽頭炎による長引く咳と鼻奥の痛み
この方は、咳は割と早くに改善することができたのですが、咽頭炎による痛みがなかなか取れず、そうこうしているうちに咳をぶり返し、改善にいたるまで非常に難渋した症例でした。
患者様からの症状の情報をまとめると、以下のようになります。
・咳はとりわけ寝る時に横になると激しく咳き込み眠れない
・始めは黄色の痰が多かったが、現在は痰の量が減り色も薄くる
・この咳は3年前の出産後から頻繁に出るようになる
・コロナウイルスに2回感染している
・その度に呼吸器内科に通い、吸入剤等でなんとか凌いでいた
・のどや鼻奥の乾燥感も時折感じる
・また、同じ頃から左側の扁桃腺が腫れやすくなり、頻繁に風邪を引くようになる
・生理前になると鼻の奥とのどの上辺りがヒリヒリと痛み、咳も出やすい
この症例ですが、症状が複数あるので、まずは整理してみることにします。
「咳」「扁桃腺の腫れ」「上咽頭のヒリヒリと乾燥」
この3つが主な訴えになります。
次にこれらの病態について考えてみます。
出産を機に上記の症状が出ていることから、産後の体力低下に乗じてなんかしらの細菌やウイルスに感染したことがきっかけかもしれません。
通常ならば、細菌やウイルスを撃退できれば炎症も治り、元の状態に戻るはずです。
しかし、症状が軽減しても咽頭の炎症が取れきれずに残ってしまったことで、生理前などの免疫力が落ちた時に炎症がぶり返してきてしまったものと思われます。
ですので、この場合は上咽頭や扁桃の炎症を鎮めることが根本的な治療になります。
しかし、上咽頭の炎症を抑える前に夜間の咳き込みが激しいので、まずは咳を抑えて夜しっかり眠れるようにして、体力を落とさないようにすることを優先します。
最初は気道の炎症を鎮めて、痰を抑える漢方薬をお渡ししました。
処方1)麻杏甘石湯+小半夏加茯苓湯
ここでの小半夏加茯苓湯は、生姜半夏湯の意味合いを持たせたいために用いました。
生姜半夏湯は『金匱要略・嘔吐噦下利病』に記載されています。
「胸中喘に似て喘ならず〜心中徹して、潰潰然として奈ともする無き者は生姜半夏湯之を主る」
喘息のようで喘息でなく、胸の辺りがなんとも言えないような気持ち悪さがある時に用いるのが生姜半夏湯です。
今回の場合は夜間の激しい咳き込みでむせこむことが多いので、使用しました。
この処方を使うことで1週間で激しい咳き込みが鎮静化しました。
そこで次に、本治としての咽頭と扁桃の炎症を抑える治療に移りました。
処方2)小柴胡湯加桔梗石膏
しかし、この処方ではまったく改善せず反対にのどのヒリヒリや乾燥感が強くなってしまいました。
そこで、麦門冬や五味子などを加えたり、荊防排毒散や荊防敗毒散の加減法を使いましたが、少し改善するくらいでしっくりと効きません。
そうこうしているうちに風邪を引いてしまい、また咳がぶり返してきました。
今度の咳はしつこくて処方1)を使用しましたが、まったく効果はありませんでした。
今度の咳は痰はほぼなく、咳だけが激しくむせるものでした。
処方3)神秘湯
これを、3日間服用すると咳が止まり夜も眠れるようになりました。
余談ですが、神秘湯は「柴胡→前胡、蘇葉→蘇子」に変更したら、より効果的なような気がしています。
神秘湯で咳を抑えることができたので、再び失敗を繰り返さないように考察をしなおしました。
3年間にわたる慢性炎症疾患
咽喉の乾燥感
咽喉や扁桃のヒリヒリ感
そうなると、慢性炎症を改善するために炎症を鎮めるもの、なおかつ炎症によって失ってしまった陰血を補うことが必要です。
そして、これまで炎症をとるか陰血を補うかの片方だけを行っても効果はイマイチだったので、同時に行うことが治療には不可欠になります。
そこで、これらを同時に行える処方を用いました。
処方4)柴胡清肝湯+α
αのところは生脈散や麦門冬湯、桔梗石膏など都度調整してお作りしました。
そうしたところ、まずは上咽頭のヒリヒリ感が消失して、咳も再発しなくなりました。
咳が出たとしても軽い空咳がちょっと出るくらいで、麻黄剤を使うことは無くなりました。
最終的には扁桃の痛みも消失しました。
柴胡清肝湯の処方に変更してからは、3ヶ月ほどにはすべての症状が消え去りました。
柴胡清肝湯と荊芥連翹湯の違い
柴胡清肝湯は温清飲が内包されいていて、慢性炎症性疾患の体質改善に用いられます。
一般的に小児に用いることが多い処方で、大人の慢性炎症には荊芥連翹湯を用いることが多いとされています。
柴胡清肝湯と荊芥連翹湯は処方に含まれている生薬は大部分が同じですが、一部異なっています。
:牛蒡子(ゴボウシ)・栝楼根(カロコン)
【荊芥連翹湯に含まれる生薬】
:荊芥(ケイガイ)・防風(ボウフウ)・枳殻(キコク)・白芷(ビャクシ)
荊芥連翹湯の荊芥・防風は温性で発表作用があり、表に働き乾かす傾向にあるのですが、柴胡清肝湯の栝楼根は肺を潤し、熱を鎮める作用があります。
今回のように、炎症と乾燥感が強い場合には、補陰がある柴胡清肝湯の方が適切だと判断しました。
上咽頭炎のご相談は難しいものも多く、今回は自分の病態把握に手こずり長引かせてしまった症例でした。
今後はもっと的確に判断できるように精進したいところです。
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