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不眠症の現状

不眠症といっても、入眠障害・中途覚醒・早朝覚醒・熟眠障害など様々なタイプがあります。

いまや日本人の5人に1人が、睡眠に何らかの問題を抱えています。年齢が上がるごとに不眠は増加して、60歳以上の約3人に1人が睡眠問題で悩んでいるといわれています。それに伴い、睡眠薬の使用率は年々増加しています。睡眠薬は短期間の使用であれば、依存性や離脱症状が起きにくいですが、漫然と服用している方も多く、睡眠薬をやめられない方もいらっしゃいます。近年は依存性が起きにくい新しいタイプの睡眠薬(メラトニン受容体作動薬、オレキシン受容体拮抗薬)も出てきています。

日中の活動量が減少し、パソコンや携帯電話を夜遅くまで使う生活が当たり前になってきており、なおかつうつ病などの精神疾患が増加していることから、今後も不眠症に悩まされる人は増えていくと考えられます。

参考
e-ヘルスネット「不眠症」(厚生労働省)
睡眠薬の適正な使⽤と休薬のための診療ガイドライン

不眠症と漢方薬

不眠症になったとはいえ、睡眠薬に抵抗を感じていたり、服用している睡眠薬を止めたいと思っている方が多く、当薬局でも漢方薬をお求めになる方が増えています。

一方で「睡眠薬の適正な使⽤と休薬のための診療ガイドライン」によると、漢方薬の有効性は確認されていないと記載されており、推奨されていません。

これより、不眠症に対する漢方薬の需要はあるものの、実際のところ効果が得られのかどうかは不安になりますよね。

漢方薬は不眠症に効果があるのか?

私自身の今までの経験からいいますと、「状況によるのでどちらともいえません」とうことです。歯切れが悪くて申し訳ありません。不眠症にも様々なタイプがあるので、私自身改善が難しいと感じている不眠症について、初めにご紹介しておきます。

高齢の方で慢性的に睡眠薬を服用していた方

年齢が高くなるにつれて、不眠症になりやすくなります。年齢が上がると、体のエネルギーや生命力が必然的に落ちていきます。漢方でも、睡眠にもエネルギーが必要なってきますが、根本的な生命力までは漢方薬で回復できません。そのため、高齢の方の不眠症は治しにくいと感じています。

うつ病を併発している不眠症

精神疾患に伴う不眠症である場合は、精神疾患を改善すれば不眠症も改善していきます。そのため、うつ病がある場合は、うつ病の改善こそが不眠症の改善につながります。ですが、軽症の場合を除いて、漢方薬だけでうつ病(中〜重度)を改善することは難しく、環境や生活の変化、カウンセリングなどを織り交ぜながら、腰を据えて時間をかけて治療していく必要があります。そのため、どこまで漢方薬が効果を出しているかを判定しずらいといえます。

このように、不眠症の状態によっては改善が難しい場合があります(改善したケースもあります)。

不眠症は陰陽のバランスの乱れ

いきなり、悲観的なことからお伝えしましたが、大切なことなので先にお伝えしました。ただし、患者様の不眠症の病態を的確に把握することができれば、改善へと導くこともできます。

不眠症の要因はストレスや更年期障害、産後(赤ちゃんの夜泣きなど)、年齢、夜間尿などあげれば切りがありません。ですが、根本的な原因は交感神経と副交感神経のバランスが乱れたことにあります。

これを漢方では、陰(イン)・陽(ヨウ)と呼びます。

:副交感神経のように、リラックスしたり落ち着いたりさせる働き(夜の時間帯に作用)
:交感神経のように、身体を温めて活動的にする働き(日中に活発)

朝起きて、昼にかけて活動的になっていく時間帯が「陽」、夕方から夜にかけてリラックスしていく時間帯が「陰」となります。本来なら、夜はリラックスする時間帯であるのに、このバランスが崩れてしまい、陰が作用しないと睡眠モードに入っていきません。

陰陽のバランスが崩れてしまうのは、「陰が弱まる」・「陽が強まる」の2つのケースが考えられます。

陰が弱まる

陰の正体は血や水で、身体を潤したり栄養したりします。この陰は心を栄養して、気持ちを穏やかにしたり、リラックスさせる作用があります。そのため、身体が虚弱であったり、過労が続いたり、生理などで陰(血)が失われてしまうと、睡眠の質が下がってしまいます。

この場合は、漢方薬で陰血を補うような酸棗仁(サンソウニン)・柏子仁(ハクシニン)・竜眼肉(リュウガンニク)・茯苓(ブクリョウ)・人参(ニンジン)・大棗(タイソウ)といった生薬を用います。

陽が強まる

陽とは体のエネルギーであったり、脳を興奮させる働きがあるので、日中であればむしろ効果的に働いてくれます。しかし、現代人はスマホやパソコン、テレビなど簡単には脳を休ませてくれない機器で溢れています。

また、頭は常に刺激にさらされているのに体は動かさないので、陽は頭にのぼりっぱなしになってしまっています。これも陽がおさまらず、頭だけ過剰に興奮してしまい、眠れなくなってしまう原因となります。

他にも、夜の食事の時間が遅かったり、過食してしまうと胃腸の負荷が大きくなり、消化のためにエネルギー(陽)が必要となるので、睡眠の質は下がってしまいます。

そのため、漢方薬では竜骨(リュウコツ)・牡蠣(ボレイ)・知母(チモ)・黄連(オウレン)などの生薬を用いて、過剰な陽を下に押し下げてあげます。

不眠症に用いる漢方薬

酸棗仁湯(サンソウニントウ)
酸棗仁(サンソウニン)を主薬とした処方で、陰を補うことで睡眠の質を高めます。病院でもよく用いる処方ですが、虚労(キョロウ)と呼ばれる体の弱りや疲れをともなっているものに用います。身体が疲れたり、弱っているのになぜだか眠れない人に効果を発揮しやすいです。
加味帰脾湯(カミキヒトウ)
胃腸の弱りがあり、そのため陰血を作り出せなくなってしまった方に用います。胃腸の弱りがあるので、食が細くすぐに疲れてしまいます。少しのことでもクヨクヨしやすく、どうしようどうしようと反芻思考に陥るような、考えすぎて眠れない方に用います。また、同時に陽がたかぶりやすく生理前にイライラしたり落ち着かず眠れないような者にも適応となります。
柴胡加竜骨牡蛎湯(サイコカリュウコツボレイトウ)
神経がたかぶって、陽が盛んとなってしまった状態に用います。神経が過敏なため、少しの物音にも敏感に反応してしまい、途中で目が覚めてしまいます。また、動悸や胸苦しさなどの胸部症状も出やすいです。
加味逍遥散(カミショウヨウサン)
血の不足と陽気のたかぶりに用います。肝鬱(カンウツ)と呼ばれる、ストレス反応が強い症状に用います。具体的にストレスを抱えており、イライラしたり気持ちを患って眠れない時、または生理前で身体がほてって眠れない時などに用います。
柴胡桂枝乾姜湯(サイコケイシカンキョウトウ)
加味逍遥散や柴胡加竜骨牡蛎湯の虚証に用いる処方です。陰血の不足が強く、のどの渇きや皮膚の乾燥などがあり、その結果、熱が生まれ、眠れなかったり夜中に寝汗が出て目が覚めてしまったりします。更年期障害などにもよく用いられます。
参考:更年期障害の漢方薬治療
黄連解毒湯(オウレンゲドクトウ)
熱が過剰になり(陽が盛ん)、のぼせやほてりが強くて眠れない場合に用います。どちらかというと、長期的に用いるより一時的に神経がたかぶって眠れないような時(頭が冴えて眠れない、気分が落ちつかず眠れない、イライラして眠れない)に用います。
黄連阿膠湯(オウレンアキョウトウ)
黄連解毒湯のタイプで、珊瑚や過労などで虚証になってしまった方に用います(陰の不足+陽のたかぶり)。黄連解毒湯と違い、阿膠(アキョウ)・芍薬(シャクヤク)・卵黄が入っており、身体を補う作用があります。
温胆湯(ウンタントウ)
過食やお酒などで、消化不良を起こして胃がつまってしまったことで痰熱が生じ、睡眠不良となる場合に用います。熱状が強い場合は黄連(オウレン)を加味して、陰血の不足がある場合は酸棗仁(サンソウニン)などを加えます。
甘草瀉心湯(カンゾウシャシントウ)
もともとは半夏瀉心湯(ハンゲシャシントウ)という胃腸薬を改良して(甘草を増量)、作られた処方です。食べ過ぎや飲み過ぎで、胃がつかえてしまい、胃もたれや下痢、吐き気などがある時にも用いることができます。胃腸の弱りと胃のつかえで、自律神経が乱れて眠れなくなってしまう方に用います。
桂枝加竜骨牡蠣湯(ケイシカリュウコツボレイトウ)
陰と陽の両方が不足するも、陰の不足の方が大きく、その結果、相対的に陽が勝って不眠症となる場合に用います。虚労と呼ばれる体の弱りがあり、その弱りが自律神経を乱して不眠へとつながります。高齢の方の不眠や虚弱な方の不眠に用います。
抑肝散(ヨクカンサン)
肝のたかぶりを鎮める漢方薬です。漢方では、肝は自律神経に相当して上がりすぎたり下がりすぎたりしないようにコントロールされています。しかし、ストレスや月経などで肝がたかぶってしまうと、興奮状態が続いて、イライラしたり気持ちがたかぶって眠れなくなってしまいます。もともと小児の漢方薬ですので、年齢問わず使えます。
甘麦大棗湯(カンバクタイソウトウ)

もともと、婦人の臓躁(いわゆるパニック発作)のための処方です。甘草(カンゾウ)・大棗(タイソウ)・小麦(ショウバク)とからなる処方で、陰血を補って突発的に生じる神経の興奮を鎮めます。甘みが強いため、小児でも飲みやすいので使い勝手が良い処方です。

不眠症に効果的な養生法

ここまで述べてきたように、睡眠の質を上げるために必要なことは陰と陽のバランスを整えることにあります。そのため、適切な時間に適切な行動をとることがとても大切になっていきます。つまり、陽の時間には陽を高める行動をとること、陰の時間には陰の作用を高める行動をとることです。

人は朝起きてから徐々にエンジンがかかってきて、活動的になっていきます(陽が高まっていきます)。そして、お昼を過ぎたら陰の時間に入っていきます。夕方〜夜に向かうにつれて、さらに陰の時間が深くなり、だんだんと眠気がおそってくるようになります。

このように、太陽の動きに合わせて、起きてから正午までは陽が高まる時間に活動的な行動をとり、その後は少しずつ陰が増していくため、徐々にリラックスできる行動を増やしていくのが鉄則です。このリズムに乗ることが体内時計を整えるのに、大切なこととなってきます。

そのためには、朝起きてから夜寝るまでの行動を、ある程度設計しておく必要があります。これから、陰陽のバランスを整える行動をご紹介していきますので、ご参考ください。

①毎日の起床時間を一定にする

学校や仕事がある日とお休みの日で、起床時間がずれてしまう方は少なくはないでしょう。ふだん眠れていない方は、1週間の疲れを休日で返済したくなってしまう気持ちはよくわかります。ですが、そのせいで余計に不眠症に拍車をかけてしまうとなるとどうでしょうか。起床時間のずれは、陰陽の体内時計がくるってしまうため、睡眠時間が少なくなってしまったとしても同じ時間に起きるようにしましょう。

②朝目覚めたら太陽の光を浴びる

朝の目覚めが悪い人にとっては、起きた直後は苦痛でしかないですよね。これはまだ、陽気が覚醒しておらず、頭が働いていない状態です。その時に、太陽の光を浴びるだけで覚醒が促されます。これは雨の日でも曇りの日でも効果があります。

もし、布団から出るのがつらい方は、時間設定ができるライトで起床時間に照明がつくようにしたり、自動でカーテンが開くものを取りつたり、カーテンを開けておくようにすると良いでしょう。

③朝食を摂る

朝の覚醒にとって、食事はとても大切です。食べ物が胃腸に入ることで、内臓機能が活発になります。あまり食欲がない方は、ゆで卵のようなタンパク質を少量でも口にとるようにすると良いでしょう。

ここで、注意して欲しいのが朝起きてすぐのコーヒーは厳禁です。起床してから、徐々に覚醒して陽気が高まっていくのですが、コーヒーで無理やり覚醒させてしまうと、本来自分で覚醒する力(陽気)が阻害されてしまいます。ですので、コーヒーを飲む場合は起床してから1時間以上空けてから飲むようにしましょう。

④午前中に一番大事な仕事をする

午前中は陽気がみなぎっているため、一番やらなければならないことや、やりたいことをするようにしましょう。もちろん午後からの方が調子が出る方もいると思いますが、大方の人は午前中に活動的になるはずです。そうならない人は睡眠不足や生活の乱れのせいで、活動力(陽気)が低下しているのかもしれません。

また、午前中に大事なことを終えられると気分も爽快になり、午後からの行動にも弾みがつくでしょう。

⑤昼食後は30分以内の昼寝

漢方ではお昼の時間を、「心(シン)」の時間としています。心はポンプの働きをしており、全身に血を送り届けてくれます。また、精神を安定させる働きがあります。この時間に活動的な行動をしてしまうと、心が休まらずに負担がかかってしまいます。

そうなると、お昼を境にして陽から陰への転換がスムーズにいかなくなり、夜の睡眠にも影響してしまいます。ただし、1時間や2時間も寝てしまうと、夜の睡眠に響いてしまうので、どんなに寝不足であっても30分ほどにとどめておくようにしましょう。

そればかりか、昼寝(シエスタ)の習慣があったギリシャでは、シエスタの習慣をやめたところ、6年間で心臓病による死亡リスクが37%も上昇しました。働く男性においては、60%も死亡リスクが上昇しています。

参考:睡眠こそ最強の解決策である(SB Creative)

⑥夕方は軽めの運動をする

午後からは陰の時間であり、なるべくリラックスする行動をするように説明しました。しかし、夕方になると疲れが出てきて、眠気を催しやすくなります。特にデスクワークをしている方はずっと同じ姿勢でいることが多いため、血流が悪くなって身体がガチガチになってしまいます。

ここで、疲れたからといって仮眠をとってしまうと、ダイレクトに夜の睡眠に影響を及ぼしてしまいます。

そうならないためにも、階段を昇り降りしたり散歩をしたりと軽めの運動をすることで、血流が改善して、かえって体がリフレッシュします。

また、午後を過ぎてからのコーヒーには気をつけましょう。カフェイン効き目は人によって違いますが、5〜10時間くらい影響をする方もいるので、不眠症の方はなるべくお昼を過ぎてからは控えましょう。

⑦夕食は寝る3時間前までに終わらせる

夕食どきになってくると、陰がどんどん深くなってきます。食事は体を動かしませんが、内臓を活発にします(陽の行動)。そのため、食事の時間が遅くなればなるほど、内臓が休まらないため、眠りに入りづらくなります。

⑧入浴は寝る60〜90分前

お風呂に入ると一時的に体温が上がります(陽気が活発になる)。ですが、一度上がった体温も元に戻そうとする身体の反動で、徐々に下がっていきます。体温がどんどんと下がっていくことで、眠気がやってきます。体温が下がっていくのに、おおよそ60〜90分ほどです。

お風呂は熱くなりすぎないように注意して、39〜40℃で10〜20分程にしましょう。これより熱くしてしまうと、深部体温が下がるまでに時間がかかってしまいます。

⑨夜は電子機器をオフにする

スマホが便利になった反面、睡眠を奪うきっかけにもなってしまいました。1日中スマホを触っていたり、テレビやゲームを見ている方も入浴後は触れないように注意したいところです。これら電子機器を見る行為そのものが、陽気を活性化(脳の興奮)につながります。

しかし、電子機器にどっぷり浸かっている方には、かなり困難なことだと思います。リラックスできるアロマや読書(紙媒体)、日記をつけるなど、目や脳を休める時間を意識的にとるようにしましょう。

おわりに

不眠症は他の病気によるものや、痛みや痒み、暑さや寒さなどの原因を除けば、日常生活のゆがみが生じた結果とも言えます。もちろん、日常生活の改善は必須になるのですが、漢方薬は陰陽のバランスを整えてくれるため、日常生活だけでは改善しきれないことも補ってくれます。睡眠薬は一時的であれば使い勝手が良いのですが、慢性的に使っている方もいらっしゃると思うので、もしお困りの場合は一度漢方専門の薬局や医療機関にご相談ください。

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