不妊症の現状
不妊とは、避妊をしないで性交をしているにもかかわらず、一定期間(一般的には1年)妊娠しないと定義づけられています。
日本では、不妊の検査や治療を受けたことがある夫婦は5.5組に1組の割合と言われており、不妊について悩んでいる方は決して少なくはないでしょう。そのため、2016年に「国際生殖補助医療監視委員会〈ICMART〉」が世界60ヵ国を調査して発表したレポートによると、日本の体外受精の実施件数が最も多い国であることが明らかとなっています。それにも関わらず、体外受精の出産率は最下位という成績になっています。これは決して、日本の不妊治療の技術が世界と比べておとっているわけではありません。
さまざまな要因が考えられますが、最大の問題は高齢出産にあります。男性も女性も、35歳を超えると精子や卵子の質が低下するため、どれだけ不妊治療をしても結果が出にくい状況にあります。
そのため、不妊症の問題は単に夫婦だけの問題にとどまらず、社会構造の問題として見ていかねばならず、一筋縄にはいかないと言えます。
2022年4月からは、日本でも不妊治療も保険適応がされるようになったので、今まで出産を望んでいるものの高額な医療のため、出産をためらっていた方の背中を後押ししてくれる良い兆しになってくれることを願っています。
参考
・不妊症(公益社団法人 日本参加婦人科学会)
・不妊治療と仕事の両立サポートハンドブック
・日本は世界一の「不妊治療で出産できない大国」この残念な現状
・不妊治療についての取り組み(厚生労働省)
不妊治療がうまくいかないときは?
不妊症の原因は男女ともに起こり得ますが、ここでは女性に限って説明していきます。女性が40歳を超えると、たとえ不妊治療を受けても妊娠率は約1割しかないといわれています。不妊症は年齢だけに限らず、子宮筋腫や子宮内膜症、高プロラクチン血症などの病気も要因となっていたりします。しかし、不妊症の全体の約3分の1が検査をしても原因不明とされています。
それに加えて、不妊治療では排卵誘発剤などのホルモン剤を使ったり、人工授精や体外受精などで治療を行うことになります。不妊治療がうまく適応して、妊娠にいたれば良いのですが、なかなか妊娠できず、長期に不妊治療を行うと、身体への負担は大きくなってしまいます。同時に精神的な負担も大きくなるため、反って妊娠しずらくなってしまうこともあります。
このように、不妊症の原因が現代医学では原因不明のことがあったり、ホルモン剤や体外受精の多用により、心身への負担が大きくなることが不妊治療が不完全なところでもあります。そのため、無理なく身体を整えてくれる漢方薬は不妊治療をサポートする治療として、ご利用される方が多いと感じています。
参考
・日本の「妊活」不都合な真実(カニジル 鳥取大学附属病院 広報誌)
不妊症と漢方
漢方では、不妊症は2,000年以上前の書物である『素問』骨空論編に「不孕(フヨウ)」という名前を口火に、歴代の婦人科の書籍では「求嗣(キュウシ)」「種子」「嗣育」とも言われています。このように漢方での不妊症についての歴史は古く、さまざまな治療法が検討されてきました。そのため、現代でも治療方法は人によって異なっており、さまざまなアプローチで治療することができます。ここでは、一般論と私の考えを織り交ぜながら、解説させていただきます。
漢方で妊娠は可能になるのか?
漢方では西洋医学と違い、体質改善をして身体の中から状態を改善していくことで、妊娠率を上げていきます。実際に当薬局にご来店いただいた方は、漢方薬を服用してから妊娠に至っているため、漢方薬にも効果があるのだと身をもって実感しております。
また漢方薬のメリットとしては、自然妊娠・人工授精・体外受精など、西洋の不妊治療を併用しても併用しなくても、どのような状況でも使うことができることです。もちろん、漢方薬を使えば必ず妊娠に至るわけではなく、あくまでも妊娠率を高める可能性があるということです。
月経を整えることが妊娠率を高める
では、漢方薬で妊娠率を高めるとはどういうことなのかを説明していきます。結論から先にお伝えすると、漢方薬では月経不順を整えることこそ妊娠率を高めると考えます。月経の状態が安定しているということは、ホルモンバランスが整っており、子宮や卵巣が正常に機能しているということです。そうなれば、月経が安定しる人は月経に問題を抱えている人よりも、当然妊娠にいたる可能性が高くなります。一般に不妊症の方は、子宮や卵巣に異常がある場合はもちろんのこと、子宮や卵巣に異常がなく原因不明の場合でも、月経に異常があることが多いです。
漢方では、西洋の不妊治療のように人工授精や体外受精など直接卵子や精子にを操作することができないので、「月経の状態=妊娠できるかどうかの指標」と考えて治療を行います。そのため、不妊治療においては「漢方で身体を整える」とは「月経を整えること」になります。
月経の状態を確認するためにも、基礎体温は大切な情報になります。可能な限り、基礎体温を記録していただき、ご提示いただけると参考にさせていただきます。
月経不順や基礎体温の重要性について、別の記事で詳しく説明しておりますので、そちらをご参考ください。
参考
生理不順(月経不順)の漢方薬治療
不妊症の漢方薬治療に基礎体温は大切です
気・血・水を整えて妊娠しやすい身体へと導く
漢方はもともと、2,000年以上の歴史があり、西洋医学とは違う考え方のもと発展していきた医学です。その根本には「気(キ)・血(ケツ)・水(スイ)」と呼ばれる物質が、身体を正常に動かすのに必要なものとして考えられました。この気・血・水に不調をきたすと、身体の各部位に病気となって現れます。そのため、漢方治療は気・血・水を正常な状態に整えることだと言えます。
気(キ)
・身体を動かすエネルギーとなる
・自律神経を整える働き
血(ケツ)
・身体に栄養と潤いを運んでくれる
・生理などのホルモンバランスに関連
水(スイ)
・身体に潤いをつける
・体液として働き、生命活動をサポート
これらを正常に保つことができれば、月経も自然と整ってきます。
気を整える
気の異常には、気が不足した気虚(キキョ)と気が停滞した気滞(キタイ)の病理があります。気はエネルギー源となったり、自律神経と関わるものなので、月経にも大きく影響を及ぼします。
気虚の改善
気はエネルギーなので、不足していれば元気がなくなり、血や水を作り出す力がなくなってしまいます。結果として、子宮や卵巣を栄養することができず、月経の状態も悪くなってしまいます。人工授精や体外受精、ホルモン剤を長期間使用することで、心身が疲弊してしまう方がいます。そのような方は漢方では「気虚(キキョ)」という病態に陥っていると考えます。
このような場合は、不妊治療を受けている産婦人科からも一度休んでみるように促されることもあり、しっかりと休む期間も必要となります。漢方薬でも、気を補い身体の回復を高めていく治療も後押ししてくれます。
主に用いる生薬には人参(ニンジン)・黄耆(オウギ)・山薬(サンヤク)などがあります。
身体の冷えは陽虚(ヨウキョ)
気はエネルギー源となるので、身体を温める作用があります。気の中でも身体を温める働きを特に陽気(ヨウキ)と呼びます。陽気が不足したものを陽虚といい、身体の熱が不足している、つまり冷えている状態のことを指します。
陽虚:エネルギー不足で、身体が冷えている状態
漢方では、「冷えは万病のもと」と考えます。身体が冷えるということは子宮も冷えていることを指します。当然、冷えれば子宮の機能も落ちますし、血流も悪くなり、新鮮な血を送り届けることもできなくなるため、不妊の原因となり得ます。
*冷え症については下の記事に詳しくまとめていますので、あわせてご参考ください。
陽虚の場合は乾姜(カンキョウ)・附子(ブシ)などの身体を温める生薬を用いて、身体を温めていきます。
気滞(キタイ)の改善
気の病気のもう一つには、気の停滞があります。気はエネルギーであり、全身に運ばれることで効果を発揮します。ストレスが過度にかかると、気がめぐらなくなり停滞してしまいます。これを気滞(キタイ)と呼びます。気滞は自律神経を乱すことにつながり、結果としてホルモンバランスに影響がおよび生理不順を導きます。
このタイプは月経前にイライラや落ち込みなどの精神への影響が出たり、月経周期が毎月バラくなどの特徴が出ます。
漢方薬では、柴胡(サイコ)・芍薬(シャクヤク)・香附子(コウブシ)などの気のめぐりを改善する生薬を用いて、気滞を改善します。
血を整える
血はホルモンバランス系統に関わるもので、最も生理と関連が深いものです。そのため、不妊症や月経不順の場合は真っ先に検討するべきものになります。
血虚(ケッキョ)の改善
血が不足した状態を血虚(ケッキョ)と呼びます。血は卵子や子宮を栄養して、生理を整えてくれます。この血が不足してしまうと、低温期に十分な栄養を卵子に供給することができないため、低温期(生理後〜排卵まで)が長引く傾向にあります。また、子宮内膜も栄養することができないため、出血量も少なくなってしまいます。
この状態では、妊娠するために必要な栄養を卵子や子宮に送り届けることができません。ですので、血を増やす治療を行います。
血を増やすには、当帰(トウキ)・芍薬(シャクヤク)・川芎(センキュウ)・地黄(ジオウ)・阿膠(アキョウ)などの生薬があります。また、血は気の力によって生み出されるため、気虚の症状があれば同時にそちらも改善する必要があります。
不妊治療を並行しておこなっている場合は、ホルモン剤を使っていることも多く、本来の生理状態と違っています。その場合は、ホルモン剤を使用する前の状態を参考にして、血虚かどうかを判断します。
瘀血(オケツ)の改善
瘀血というのは、漢方の血流障害になります。血行が悪いため、子宮に血が届かない、または子宮に古い血が残ってしまう、そのようなイメージになります。ただの血行不良であれば、運動やマッサージ、お風呂などで改善することができますが、瘀血の場合はそれだけで改善できない場合もあります。長い間、生理が重かった方やすでに出産経験がある方にも見られやすい傾向にあります。
生理出血の色がドス黒くて、血に塊が混じりやすい方は瘀血の傾向があると考えられます。
瘀血に用いる生薬には牡丹皮(ボタンピ)・桃仁(トウニン)・赤芍(セキシャク)・紅花(コウカ)などがあります。また瘀血には気滞や気虚、血虚などの他の要因と複合して現れることもあるため、注意が必要です。
水を整える
不妊治療の場合は、水の不足が原因となることは少なく、主に水が停滞した状態である水毒(スイドク)が原因となります。
*水毒は痰飲(タンイン)とも呼ばれたりします。
水毒の改善
水毒は気血に比べると、直接的に不妊に影響しているわけではありません。ですが、水毒により気血の流れが悪くなり、これが不妊症の原因となることがあります。水毒になると、むくみが出たり、めまいや頭痛、身体の重だるさが出てきます。このような症状が出ているようでしたら、水のめぐりを整えて水毒を改善する必要があります。
水毒に用いる生薬は沢瀉(タクシャ)・茯苓(ブクリョウ)・朮(ジュツ)などがあります。
血の配慮を最優先する
気・血・水とたくさん出てきてしまったので、訳がわからなくなってしまったかもしれません。どれも大切な要素になるのですが、直接生理と関わりが深いのは「血」になります。特に不妊治療をしていると、子宮や卵巣に負担がかかるため、血が不足してしまいがちです。ですので、血に重点を置きつつ、気や水の異常がないかを見ていく必要があります。
不妊症に用いる代表処方
当帰芍薬散(トウキシャクヤクサン)
血虚と水毒の改善に用いる処方です。婦人科の病気に幅広く用いることができるため、病院でもよく用いられています。当帰(トウキ)・芍薬(シャクヤク)・川芎(センキュウ)で子宮に新鮮な血を送り届け、沢瀉(タクシャ)・茯苓(ブクリョウ)・朮(ジュツ)で水毒を改善します。適応するタイプであれば、生理不順を整えることができ、不妊治療のサポートとなり得る処方です。
桂枝茯苓丸(ケイシブクリョウガン)
瘀血(オケツ)を改善します。子宮筋腫や月経困難症など、生理が重く生理痛などに悩まされれている方に効果的です。ただし、この処方には気や血を補う生薬は入っていないため、四物湯(シモツトウ)などの血を補う処方を併せて用いるか、症状が改善したら他の処方に切り替える必要があります。
加味逍遥散(カミショウヨウサン)・逍遥散(ショウヨウサン)
気滞と血虚の改善に効果的な処方になります。生理周期が毎回乱れて安定せず、排卵の予測が立てづらい方やイライラや落ち込みなどのPMS症状が強い方に効果的です。加味逍遥散は逍遥散に山梔子(サンシシ)・牡丹皮(ボタンピ)を加えて、熱状(のぼせ・ほてり)を改善する効果を強化しています。現代では、仕事や不妊治療のフレッシャーで常に緊張感にさらされて、疲弊してしまっている方も多いため、活用する場面も決して少なくはない処方です。
芎帰調血飲第一加減(キュウキチョウケツインダイイチカゲン)
気虚・血虚・瘀血・気滞・水毒のどのタイプにも適応ができる、優れた処方になります。身体を栄養しつつ、余分なものをどかしてくれるため、不妊治療ではよく用いらます。しかし、バランスが良い分、特徴的な症状が出ている場合は効きが弱くなってしまいます。その場合は特徴的な症状に効果的な処方を併用するか、他の処方に切り替えてしまう方が効果を発揮しやすいです。
温経湯(ウンケイトウ)
気虚・陽虚・血虚・瘀血と幅広い病態に対応ができるため、不妊治療によく使われる処方の一つです。処方の中に、希少な阿膠(アキョウ)という動物性生薬を用いるため、血を補う効果は高くなります。処方名には、「経を温める」という意味が込められていますが、温める力は強くないので、冷えが強い場合は他の処方に切り替えるか、温める処方を併用する必要があります。
当帰四逆加呉茱萸生姜湯(トウキシギャクカゴシュユショウキョウトウ)
冷えが強い方向けの、処方になります。冷えのため血流が悪くなり、新鮮な血が子宮に送り届けられなかったり、手足末端で冷やされた血が子宮に送られてお腹周りが冷えてしまい、生理不順をきたしている方に用います。血を補い、冷えを追い出す作用があるため、血虚と冷えの症状を改善します。
補中益気湯(ホチュウエッキトウ)
気虚と血虚の改善に効果的です。疲労度合いが強く、食欲や食事量も乏しいため、気や血が作り出せない状態に用います。仕事と不妊治療を並行して、気力が落ちて疲れ切ってしまっている方にしばしば用います。
十全大補湯(ジュウゼンダイホトウ)
気虚と血虚に用いる処方で、補中益気湯よりも衰えている方に用います。疲労感や食欲不振のみならず、身体も痩せてきて、十分な栄養を作り出せない状態に適用します。この処方は、人参(ニンジン)・朮(ジュツ)・茯苓(ブクリョウ)・甘草(カンゾウ)の四君子湯で胃腸に力をつけて体力をつけて、地黄(ジオウ)・当帰(トウキ)・芍薬(シャクヤク)・川芎(センキュウ)の四物湯で血を増やし肉付きをよくする働きがあります。ただし、四物湯は胃に負担がかかるため、極度に胃腸機能が低下した人には慎重に用いる必要があります。
当帰建中湯(トウキケンチュウトウ)
虚労(キョロウ)と呼ばれる、一種の身体の弱りに用いる小建中湯(ショウケンチュウトウ)に、子宮に血を送り届ける当帰(トウキ)を加えた処方になります。補中益気湯や十全大補湯のような身体の弱りがありますが、一種の緊張状態をはらんでおり、身体が筋張ってほっそりした方の緊張をほぐし、身体を元気づける働きがあります。
右帰飲(ウキイン)
命門(メイモン)の陽気が衰えたもの、つまり著しく陽気が少なくなり、身体が冷えて十分な血を生み出せなくなってしまった状態に用います。この処方は生命の根本的な陽気を高める附子(ブシ)や肉桂(ニッケイ)、血に働きかける地黄(ジオウ)や枸杞子(クコシ)などを配合しており、気力を持ち上げて子宮を栄養してくれます。
おわりに
不妊症は個々人の人生設計に大きく関わる問題にもなるし、社会全体では少子高齢化にも影響を及ぶすほどの大きな問題ともいえます。漢方薬は西洋の不妊治療とは違った形で、個々人の身体の状態にアプローチします。しかし、漢方薬も西洋治療同様に、年齢によって妊娠率は下がってくるのは事実です。漢方薬にできることは、生理の状態を改善して身体の状態を整えることで、妊娠率を高めることです。
西洋の治療に疲れてしまった方や生理不順がひどい方、いち早く妊娠をご希望される方はぜひ一度ご相談ください。可能な限り、最適な漢方薬をご提案させていただきます。
遠方の方や忙しくて来店が困難な方、体調不良で出歩くのも大変な方でも安心してご利用いただけるように、ご自宅で相談ができるオンライン漢方相談も行っております。ぜひ、ご活用ください。
よくあるご質問
Q 妊娠したら、漢方薬はやめた方が良いでしょうか?
A 漢方薬は妊娠中でも、ご使用いただけます。つわりを始めとした妊娠中のトラブルから、胎児への栄養など幅広く対応することができます。流産を繰り返している方や出産までサポートして欲しい方は服用を続けてくることをオススメします。ただ、一部の漢方薬は妊娠中にも注意が必要なものがございますので、妊娠が分かりましたら、ご連絡くださいませ。
Q 基礎体温は測った方が良いのでしょうか?
A 可能な限り、計測をお願いします。産婦人科によっては、基礎体温は不確定な情報であるから不要という先生もいらっしゃいます。ですが、漢方の処方を選択するさいに、基礎体温の情報が参考になることも少なくありません。基礎体温の重要性については、コラム「不妊症の漢方薬治療に基礎体温は大切です」をご参照ください。
Q 高齢出産になりますが、大丈夫でしょうか?
A 可能性はあります。しかし、当薬局では40歳を超えてからの妊娠率は低下するのは事実です。もちろん、個人差は大きいので絶対とはいえませんが、ご理解のほどよろしくお願いします。
Q 子宮筋腫や子宮内膜症などの子宮や卵巣の病気があっても、大丈夫ですか?
A 基本的には問題ありません。しかし、あまりにもひどく手術が必要な場合は、かかりつけの産婦人科の医師の指示に従ってください。
Q 男性不妊の治療も行っていますか?
A 男性不妊の漢方相談も行っております。男性不妊も女性同様に、年齢依存のところもありますので、お早めにご相談ください。