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発達障害とは「脳の発達に関わる生まれ持った機能障害」のことで、注意欠如・多動症(ADHD)や自閉スペクトラム症(ASD)などが該当します。

ADHDは「不注意」、「多動性および衝動性」が特徴で、日常生活に悪影響を及ぼすほどのものが該当します。

【不注意】
:集中力がなく、物忘れや忘れ物が多いなど
【多動性】
:落ち着きがなく動き回ってしまったり、順番を待てずに行動してしまうなど
【衝動性】
:思いついたことをよく考えずに、発言したり行動してしまうこと、手が出たり暴言を吐いてしまうこともあります

近年は発達障害の子供が劇的に増えていると言われいて、2006年時点では約7,000人でしたが、2020年には90,000人を超えました。
また、日本におけるADHDの人口割合は国立精神・神経医療研究センターによると「学童期の子供の3〜7%」、「成人で2.5%」が診断に該当すると言われています。

しかし、ADHDを含んだ発達障害の児童がこれだけ増えてきたのは、専門医により明確に診断された人だけでなく、親や教師などの周囲の人たちによる主観的な判断に基づいているものも含まれていると思われます。
小児科医の成田奈緒子先生は「発達障害」と類似の症候だが、発達障害ではない「発達障害もどき」について以下のように解説しています。

現実に学校などから「発達障害では?」と指摘されて、私のところに相談に来る事例の中には、医学的には発達障害の診断がつかない例も数多く含まれているのです。
私はそのような例を「発達障害もどき」と呼んでいます。
発達障害もどきとは何かを大まかにお伝えすると、「発達障害の診断がつかないのに、発達障害と見分けのつかない症候を示している状態」を指します。


参考書籍:「発達障害」と間違われる子どもたち / 成田奈緒子 青春出版社 (2023/3/1)

そして、このような発達障害もどきに多いのが、「生活リズムの乱れ」と「テレビやスマホ、タブレットなどの電子機器の多用」が挙げられます。
実際に幼児において電子機器の多用(1日2時間以上の使用)により、ADHD様の症状を呈する確率が上昇することが示されています。

漢方ではADHDをどう考えるか

ADHDは脳の機能異常が原因とされていますが、詳細なメカニズムまでは明らかとなっていません。

一方の漢方では、「すべての病気には原因がある」と考えており、ADHDに対しても多くの試みがなされています。
ADHDは不注意や注意欠如など、一見すると脳が働いていないことが原因と思えますが、そうではなく反対に「脳が過剰に興奮状態にある」からこそ、他のことに意識が向いて、頭がいっぱいいっぱいになり、本来すべきことや注意を向けなければいけないことに五感が働いていない状態です。

このような脳の興奮状態の一つとして、中医学では「肝風内動(かんぷうないどう)」という病態があります。
肝風内動の「肝」については、黄帝内経で以下のように述べられています。

『黄帝内経・素問・至真要大論』
「諸風掉眩、皆肝に属す」
*掉眩(トウゲン):めまい、動揺し、体が揺れ動くこと

「肝」の働きは気の巡りをコントロールすることですが、なんらかの理由(ストレスや陰血の不足)で、気が暴走すると、上記の『素問』に記載されているように激しい風が体内で生じ、めまいなどの症状を引き起こすとされています。
この体内で発生する風は「内風(ナイフウ)」とよび、台風のように突発的な激しい症状が特徴です。

<内風の症状>
・激しいめまいや頭痛
・手足の痺れ、手の震え
・頭がふわふわ
・痙攣、ひきつり
・急に倒れる など

この「肝」がたかぶった状態、肝風内動を抑える代表処方として「抑肝散(ヨクカンサン)」があります(「肝」のたかぶりを「抑」える「散」)。

抑肝散は今では認知症の周辺症状(怒り・興奮・不眠など)を緩和させるために用いることが多いですが、もともとは『保嬰撮要(ホエイサツヨウ)』という小児科の専門書に記載されており、「小児のひきつけ」を改善するために作られたものです。

小児の脳や身体はまだ発達しきれていないため、ちょっとした刺激にも過剰に反応しやすい特性があります。
その結果、刺激により「肝」が興奮することで、ひきつけやかんしゃく、夜泣きなどを起こりやすいです。
通常は年齢とともに体や脳が成長していき、「肝」の暴走を理性でコントロール出来るようになります。

もっと漢方的に踏み込んで説明すると、小児では陰陽のバランス失調(陰虚陽盛)が起こりやすい特性があるということを考慮しておく必要があります。
さらに、この陰陽のバランスは個々人によって変わってきますので、陰陽のレベルがどの段階にあるのかを適切に判断して治療にあたる必要があります。

漢方でADHDを治せるか

結論から言うと、漢方薬でADHDそのものを治せるわけではありません
ADHDの場合は個々人の持つ脳の特性であるので、漢方薬を服用したからといって脳そのものを変えることは難しいでしょう。

あくまでも漢方薬は、衝動性や易怒性、不眠などの個別の症状を改善することで、心身の負担を軽減させることが目的です。

しかし、生活リズムの乱れやデジタルデバイスの過度の使用によって生じている「ADHDもどき」の場合は、デジタルデバイスの過度の使用に気をつけたり、生活リズムを安定させる(食事・睡眠・運動の最適化)ことと並行して、漢方薬を用いることで、改善を図ることが可能なのではないかと考えています。

ADHDに用いる漢方薬

ここに記載するのは、あくまでもADHDそのものを改善するわけではなく症状の軽減により心身の負担を軽減することが目的です。
ADHDもどきの場合は、生活習慣の改善とともに漢方薬を併用することで普段の落ち着きを取り戻すことを目的とします。

*ここで紹介する漢方薬はあくまでも一例です。
*お身体の状態や症状によっては、別の漢方薬を用いることもあります。

抑肝散加陳皮半夏 / 抑肝散(ヨクカンサンカチンピハンゲ / ヨクカンサン)
ADHDの衝動・易怒性やチック症状(上まぶたのピクつき)、怒りによるめまいやてんかんなどを目標に用います。
抑肝散加陳皮半夏は抑肝散に陳皮と半夏を加えたものです。
抑肝散加陳皮半夏は日本人の北山友松子が考案したと言われており、江戸時代に多用された処方です。
陳皮と半夏は気を巡らせ湿邪を除き去る作用があるため、湿度が高く胃腸の弱い傾向にある日本人に向いている処方です。
特に小児においては、胃腸の未熟さや食生活の乱れ(甘いものや高脂肪食など)もあることが多いので、抑肝散より抑肝散加陳皮半夏が適応となる場合が多いとされます。
竜胆瀉肝湯(リュウタンシャカントウ)
中医学で言うところの「肝火上炎(カンカジョウエン)」に用いる処方です。
肝火上炎とは肝の熱(火)が頭部に上ったことで、脳が異常な興奮状態に置かれている状態のことです。
イライラが強く、瞬間湯沸かし器のごとく顔を真っ赤にして怒鳴り散らすようなタイプに用います。
竜胆瀉肝湯の主薬である竜胆は、肝火上炎による熱を冷まして下に降ろす作用が強く(瀉肝降火)、脳の興奮状態を最適化するのに用いることがあります。
甘麦大棗湯(カンバクタイソウトウ)
名前のごとく、甘味があって小児でも服用しやすいのが特徴です。
漢方薬がはじめてだったり、甘いものを好んで食すお子様の場合の導入としても使いやすいです。
元来、ヒステリーや夜泣きなどの「急迫を治す」(突発的な情緒不安)症状に用いることから、ADHD様症状のさまざまな症状に応用できます。
また、甘いものがやめられない場合の代わりとして使用したり、過食行動の抑制としても使うことができ、食生活の改善のサポートとしても有用です。
ただし、甘草の含有量が多いため「偽アルドステロン症」を引き起こす可能性があります。
少量服用もしくは頓服として用いるなど、服用量には注意が必要です。
柴胡清肝湯(サイコセイカントウ)
一貫堂医学における小児の解毒症体質として用いられる処方です。
一般的には繰り返す扁桃炎や副鼻腔炎、中耳炎、アトピー性皮膚炎などの耳鼻科領域や皮膚疾患の慢性炎症を長期服用することで、体質改善を行う処方です。
この解毒症体質には、神経質でちょっとした刺激にも過敏に反応しやすく、精神的な緊張状態が継続しているケースがあり、ADHD様症状に該当することがあります。
桂枝加竜骨牡蠣湯(ケイシカリュウコツボレイトウ)
『金匱要略・血痺虚労病』を出典としており、虚労つまり虚証のタイプの精神症状に用いる処方です。
体力がなく、すぐに疲れてしまい活力も乏しいため、刺激に対する閾値が低く神経過敏でちょっとした物音にも過剰に反応し、驚きやすく動悸がしたり眠れなかったりするときに用います。
柴胡加竜骨牡蛎湯(サイコカリュウコツボレイトウ)
桂枝加竜骨牡蛎湯と同様に「竜骨」と「牡蛎」を内包しており、比較的体力があり、動悸、不眠、いらだちなどの精神症状があるものに効果があるとされています。
また、柴胡加竜骨牡蛎湯にはセロトニンにも関与しており、気分の落ち込みや不安などの抑うつ症状にも効果的であるとされています。
ただしADHDの場合、単体で使用すると効果を発揮しないことがあるので、うまく組み合わせて用いる必要があります。
加味逍遙散(カミショウヨウサン)
婦人科の気鬱の処方として、産婦人科を中心に広く女性に多く用いられている処方の一つです。
ですが、女性に限らず男性にも適応があり、かつ幅広い年齢で用いることができます。
中医書には胃腸の弱り、気鬱、血虚と記載されていることが多いですが、山梔子(サンシシ)と牡丹皮(ボタンピ)を含んでいることから、竜胆瀉肝湯までいかない肝胆経絡の熱状をさばく作用があります。
小建中湯(ショウケンチュウトウ)
おねしょ、腹痛、下痢・便秘、疲れやすい、食欲不振(食事のムラ)など小児の幅広い症状に用いることができ、なおかつ味も甘くて飲みやすいのが特徴です。
陰陽両虚を是正する作用があり、成長の過程で安定しない体の不安定さを整えることができます。
精神症状を和らげるというより、肉体症状の不調を改善することが目的であり、その結果心身ともに安定した状態へと導くことができます。
帰脾湯 / 加味帰脾湯(キヒトウ / カミキヒトウ)
心配性で他人から見たらどうでもないことに過度に思い悩みすぎて、心が不安定になり不眠、動悸、物忘れ、不安感などが生じたり、胃腸虚弱による食欲不振や胃もたれ、下痢などの消化器症状や疲労感、栄養不良の両方が生じるときに用いる処方です。
帰脾湯に配合される「遠志(オンジ)」は認知症にも用いられ、高齢者の認知機能の改善する効果があるとされています。また、「木香(モッコウ)」にも脳の血流を改善する作用があり、脳の認知機能の向上に有用とされています。
帰脾湯に柴胡・山梔子を加えたものが「加味帰脾湯」であり、帰脾湯よりイライラや易怒性が顕著な場合に用います。
高貴薬(コウキヤク)
ここでいう高貴薬とは、希少性で効果が強力とされる「動物生薬」のことを指します。
羚羊角(レイヨウカク)・牛黄(ゴオウ)・麝香(ジャコウ)などの高貴薬は脳の興奮を鎮める作用が強力で、適応すれば短期間で睡眠の改善や衝動・多動などのADHD様症状を鎮静できる場合もあります。
しかし、高貴薬だけあって値段が高めなので期間や量の調節をしながら適切に対応する必要があります。

【参考書籍】
・多動脳 ADHDの真実 / アンデシュ・ハンセン
・「発達障害」と間違われる子どもたち / 成田奈緒子