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痔は肛門や肛門周囲の病気のため、「恥ずかしい」とか「周りに人に言いづらい」と感じる人が多いです。
そのため、人に相談しづらかったり、病院で診察を受けるのもためらってしまいやすい病気の一つです。
痔は日本人の「3人に1人」は痔にかかったことがあると言われており、決して珍しい病気ではありません。

軽度の痔であれば市販薬で対応は可能です。
ただし、治療をせずに放置してしまい慢性化すると改善が難しく、場合によっては手術が必要になるかもしれません。
また、再発や再燃することもあり一度治ってもまた発症してしまう可能性があります。

漢方薬は痔の状態や全身状態を鑑みて処方を検討するので、痔の治療のみならず体質を改善し再発や再燃しやすい方にも幅広く対応が可能です。

痔の原因と種類

痔は便秘や下痢、長時間の座りっぱなしや立ちっぱなし、冷え、刺激物の摂取、喫煙など生活習慣によるもので発症します。
痔には、「痔核(いぼ痔)」「裂肛(切れ痔)」「脱肛」「痔瘻(ジロウ)」などに分類されます。
それぞれの種類によって病態は異なりますが、基本的には肛門部における「血流障害」が痔の原因となります。

人は直立二足歩行のため、下半身の血液を心臓に送り届けるには重力に逆らって押し上げていかなければなりません。
そのため、肛門部の静脈叢で血液のうっ滞が生じやすく、これが原因で痔が発症します。

痔核(いぼ痔)

男女ともに痔の中でもっとも多いのがいぼ痔です。
直腸下部や肛門部の静脈叢が血流障害を起こすことで、静脈がうっ血して膨らんで起きる疾患です。
肛門部の歯状線と呼ばれる境界線より内側(直腸側)に生じるのが「内痔核」、歯状線より下側に生じる痔核を「外痔核」と言います。

内痔核
内痔核が生じる部位は粘膜で、ここは知覚神経がないため軽度であれば痛みはありません。
内痔核は初期からの進行度に応じてⅠ〜Ⅳ度に分類されます。
Ⅰ度
静脈叢のうっ血拡張だけで、自覚症状はありません。
拡張が強くなると、排便時に出血が生じることがあります。
Ⅱ度
粘膜の繊維が増殖して硬くなり膨らみますが、その分出血しにくくなります。
排便時に肛門外に脱出するようになりますが、脱出しても排便後は自然に戻ります。
Ⅲ度
排便時に肛門外に脱出しますが、元に戻らず指で押し込んで戻すことができます。
Ⅳ度
痔核周囲の組織が緩んで、常に出っ放しになります。
脱出した痔核が戻らない場合を内痔核の嵌頓(カントン)と言います。
嵌頓の場合、血流の阻害により痔核はうっ血して張りが強くなり、痛みが強くて歩行もできないこともあります。
外痔核
歯状線の外側の皮膚に生じます。
この皮膚に覆われた部位は知覚神経があるので、痛みを伴います。

裂肛(切れ痔)

肛門付近が切れて、出血と痛みが生じます。
硬い便を排出する際に傷つけてしまったり、トイレットペーパーで強く擦りすぎて摩擦で切れてしまうこともあります。
痛みによって内肛門括約筋がけいれんするため、さらに激しい痛みが続きます。
切れ痔を繰り返したり放置したりすると、慢性化して肛門ポリープが生じることもあります。
男性より女性の方が便秘になりやすいので、切れ痔はいぼ痔に続き女性に多い痔です。

痔瘻

直腸と肛門周囲の皮膚との間に、瘻管(ロウカン)と言われるトンネルができる痔のことです。
下痢などによって肛門、直腸の周囲が細菌感染すると肛門周囲炎が生じます。
炎症が続き化膿して膿がたまった状態で痛みと腫れをともようになると、肛門周囲膿瘍になります。
さらに肛門周囲膿瘍が進行し、肛門の内外をつなぐトンネルができると痔瘻になります。
肛門の周囲が化膿して膿がたまっているので、熱感や痛みを伴います。
膿が排出されると症状は軽減されますが、瘻管は残ったままなので再発や再燃をくり返します。

脱肛

肛門や直腸が肛門外に脱出する疾患です。
内痔核や肛門ポリープ(肛門内側にできる良性腫瘍)などが脱出すことも脱肛といいます。

痔出血

痔出血が生じる場合は「いぼ痔」と「切れ痔」の2つに分けられます。
切れ痔の出血の場合はトイレットペーパーに少し血がつくくらいです。
一方の「いぼ痔」による出血は軽症のものから、大量出血、慢性出血になる場合とがあります。
軽度の出血の場合は、主として静脈のうっ血によるものです。
大量の出血の場合は、静脈の鬱血だけでなく動脈側の充血も伴っています。
また、出血が長期の及ぶ場合は貧血になったり、体の倦怠感が生じたりします。

漢方でみる痔の病態

痔核・裂肛・脱肛・痔瘻を漢方的視点により病態を捉え、それぞれの病態に適した治療を施す必要があります。

痔核(いぼ痔)の漢方病態

漢方薬局にいらっしゃる方の中で多いのは「いぼ痔」です。
出来たばかりの急性的なものではなく、慢性に経過したⅡ〜Ⅳ度内痔核や何度も繰り返す再発性のご相談が多いです。
いぼ痔は静脈叢のうっ血によるもので、漢方では「瘀血(オケツ)」と呼ばれる血流障害が病態の本質です。

この瘀血を改善するのがいぼ痔の一つの目標になりますが、重症になると出血や脱肛など、他の要因も合わさってくるので、各々の患者様の病態に合わせて処方を検討する必要があります。

また、同時に痔を生じさせる原因にも注目しなければなりません。
多くの場合は便秘や冷え症などにより血流障害を起こしているので、これらを取り除き体質改善を図ることも再発や再燃予防には必要です。
いぼ痔の治療と並行もしくは、いぼ痔の治療終了後に取り組むことで再発を予防することができます。

脱肛の漢方病態

肛門括約筋の緊張度合いによって、弛緩型もしくは緊張型の脱肛なのかを判別します。

弛緩型
肛門括約筋の緊張が弱いため、いぼ痔を維持できずに脱出させてしまいます。
筋肉が緩いため、咳やくしゃみなどで簡単に脱出してしまいますが、その分元にも戻しやすいです。
中医学では「中気下陥」という病態に該当し、気虚により臓器や痔をもとの位置に保持することができない状態です。
高齢者や子供、体力がない虚弱体質の方が弛緩型になりやすいです。
緊張型
肛門括約筋の緊張が強いため、容易に脱出はしません。
しかし、脱出してしまうと収縮も強いため、うっ血が増強し痛みが強く容易に元に戻すことができません。
漢方では括約筋の緊張を緩和させることが大切で、「芍薬・大棗・甘草」などで緊張を緩めて、うっ血の解除として瘀血の改善をすることが必要です。

脱肛の実際

実際のところは綺麗に弛緩型と緊張型の脱肛に分けられる場合は少ないです。
弛緩型と緊張型の両方の特徴が混在することが多く、この場合は両方のバランスを見ながら漢方薬を適宜合方する必要があります。

裂肛の漢方病態

裂肛は、そもそもの便秘や下痢などによる肛門への物理的な刺激によって発症することが発症の原因です。
そのため、便通を整えることが発症の予防及び改善へとつながります。

詳しくは「便秘症の漢方薬治療」および「下痢の漢方薬治療」をご覧ください。

裂肛は傷であり外傷です。
傷を修復するには血流を良くして、患部に十分な栄養を送り届けると同時に余分なものを運び去る必要があります。
そのため、血液の流れを整えて、患部の修復を促す作用のある漢方薬を用います。
また、体が虚弱であったり体力が低下すると血流が悪くなり、傷の修復も思うようにすすみません。
そのような場合は気力を上げて血流を促す漢方薬を用います。

痔瘻の漢方病態

痔瘻は肛門や直腸周囲の化膿性炎症で、漢方では「癰(ヨウ)」に該当します。
肛門周囲炎の初期には体表面にあり、「外癰」に分類されるので、発表作用のある薬物で体表面の炎症と化膿を発散、消散させる治療をします。

化膿を形成して肛門に膿瘍が出てきたら「内癰」となり、より内部(血流)に侵入するため、血流を改善しながら膿を排出する処方を用います。

また、痔瘻は一度形成されると再発するため、ただ炎症や化膿を抑えるだけではなく、体を補い排膿後の肉芽形成をサポートしたり、膿が流れ出ないように固摂する補剤も必要になります。

痔に用いる代表的な漢方薬

ここでご紹介するのは痔疾患の一部の処方になります。

乙字湯(オツジトウ)

痔の漢方薬といえば「乙字湯」というくらい、痔の漢方薬でもっとも有名な処方です。
乙字湯は日本人の原南陽が創成し、『叢桂亭医事小言(ソウテイケイイジショウゲン)』に出てきます。
乙字湯の適応は「痔疾、脱肛痛楚」で、「痔核(いぼ痔)・裂肛(切れ痔)、脱肛で痛みが激しいものに用いる」ものとされます。
炎症を抑えたり痔を持ち上げる作用、さらに皮膚や粘膜の修復作用により(升提作用)、いぼ痔や脱肛、切れ痔など幅広い痔疾患に対応できます。
乙字湯には大黄が配合されているので、痔の根本的な原因である便秘の解消も期待できます。
しかし、乙字湯は幅日奥用いることができる反面、単独で改善が難しい場合もあり、いぼ痔、出血、脱肛などの症状に応じて適宜処方を合方したり、加減する必要があります。

槐角丸(カイカクガン)

槐角丸は「槐角・防風・地楡・当帰・黄芩・枳殻」で構成されています。
槐角・地楡・防風・黄芩は止血作用を有しており、軽度の痔の出血や痛みを目標に用います。
当帰はいぼ痔よるうっ血を改善し、腸を潤し大便を軟らかくします。
枳殻は腸の蠕動運動を活発にすることで、便通を促します。
全体としてはいぼ痔の初期〜中期にかけての痛みと出血がある時に用います。

芎帰膠艾湯(キュウキキョウガイトウ)

出典である『金匱要略・婦人妊娠病』に記載された処方で、もともとは妊娠中の性器出血のための処方です。
そこから応用して、婦人全般、切迫流産や産後の不正性器出血のみならず、下血や血尿、痔出血にも応用されるようになりました。
出典にも記載されているように出血と言っても「漏下(ロウゲ)」で、少量の血がダラダラと止まらないものに用います。
出血が大量で勢いがある場合は、黄連解毒湯(オウレンゲドクトウ)などを加えて、炎症を抑える必要があります。
槐角丸同様に比較的初期の痔出血に用います。

桂枝茯苓丸(ケイシブクリョウガン)

瘀血の代表的な処方で、「桂枝・茯苓・芍薬・牡丹皮・桃仁」で構成されています。
牡丹皮は微寒の性質で炎症を鎮めながら、瘀血を改善します。
さらに桃仁と一緒に用いることで、排膿作用を発揮し化膿や炎症を改善する作用もあります。

芎帰調血飲第一加減

気滞血瘀・気血両虚・脾虚痰飲など幅広い病態に対応でき、産後の不調に汎用される処方です。
痔に応用する場合は、静脈の鬱血の改善の効果が期待でき、下半身の血流を改善します。
産後に痔が生じやすくなった方には芎帰調血飲第一加減を基本処方として、瘀血を改善し体質改善を図るのがおすすめです。
女性に用いることが多いですが、男性にも応用ができ胃腸が弱い方でも服用ができます。

麻杏甘石湯

麻杏甘石湯は喘息に用いる処方であり、本来は痔とは無関係な処方です。
古矢知白という人が初めて痔にも応用したと伝えられており、その後、大塚敬節先生や山本巌先生などが、内痔核の嵌頓に用いて激しい痛みを劇的に改善したことを追試しておられます。
中医学的には肺と大腸は表裏の関係にあることから、肺(喘息)に有効な麻杏甘石湯は痔にも応用が効くと推察されます。

大黄牡丹皮湯(ダイオウボタンピトウ)

肛門周囲炎や肛門周囲膿瘍、痔瘻で化膿しているときに用いて、膿と炎症を鎮めます。
血流を改善する作用と抗化膿作用があり、さらに大黄や芒硝によって、毒(化膿・炎症・血流阻害)を大便として排出させます。
同様の処方として騰竜湯や腸癰湯があり、便秘ではない人や胃腸が弱い人は大黄が入っていない腸癰湯を用います。

千金内托散(センキンナイタクサン)

膿瘍が形成されて、痔瘻となってしまった段階で使用します。
この頃にはただ炎症を鎮めて排膿させるだけでなく、補の強化をして傷んだ皮膚を修復させることも必要となってきます。
千金内托散は補と瀉をバランスよく配合しており、身体の虚弱な方にも応用ができます。
体の強弱に合わせて、帰耆建中湯や十全大補湯などを合方したり使い分けたりします。

荊防排毒散(ケイボウハイドクサン)

漢方薬の抗生剤的な働きをする処方です。
初期のおできなどの皮膚化膿症や乳腺炎に用いられ、化膿や炎症を発散させるため、初期の化膿性疾患や炎症性疾患に有効です。
化膿性疾患とはいえ、まだ初期のため充分に化膿しておらず、肛門周囲炎(痔瘻の予防)に応用し、悪化する前に速やかに改善をはかるために用います。

温清飲(ウンセイイン)

本来は「血崩(ケッポウ)」と呼ばれる、不正性器出血に用いる処方です。
この血崩は「血熱血虚」が原因で、血熱により勢いよく出血してしまい、それによる血の不足(血虚)を改善する作用があります。
痔の出血では、大量の鮮血を出血するような場合に用います。
この際は槐角や地楡、艾葉などの止血剤を加味するとなお効果的です。
しかし、温清飲は虚を補う作用が弱いので、虚弱な人では身体に負担がかかることがあるため、虚状の確認が必要です。

補中益気湯(ホチュウエッキトウ)/ 帰脾湯(キヒトウ)

出血が長期間に及んで貧血になり、貧血で顔色が悪く、立ちくらみやめまい、食欲不振、倦怠感などの虚の側面が出ているものに用います。
止血作用の生薬は含まれていませんが、気を補うことで固摂作用が強化され、出血がたらたらと漏れ出るのをギュッと引き締めて止めることができます。
黄耆と人参は気力を高めて固摂作用を強化して出血を止めるだけでなく、筋肉の緊張を高めて脱肛を改善する作用があります。
脱肛の改善には柴胡と升麻も協力して、下垂した筋肉を持ち上げてくれます。

当帰芍薬散(トウキシャクヤクサン)

婦人の妊娠中や月経時の「腹痛」に用いられる処方ですが、本質は水分代謝の改善と血流の改善にあります。
水分代謝を改善する作用があるため、むくみがあり胃腸も弱い傾向の方に用います。
また、血を補う作用があることから、長期に出血が続いて血が不足し、月経不順や貧血、顔色が悪いなどの症状を呈する場合に用います。
当帰と川芎で静脈の血流を改善して痔核を縮小させ、芍薬で痙攣性の疼痛を鎮めることができます。

紫雲膏(シウンコウ)

漢方薬は内服のものがほとんどですが、紫雲膏は数少ない外用薬になります。
痔のように皮膚や外部の粘膜部に生じる場合は、塗り薬の方が直接患部に薬剤を届けられるのが効率的です。
当帰・紫根を含有しており、傷の修復や血流改善による痛みの緩和が期待できるので、いぼ痔や切れ痔に効果的です。
注意点としては紫根は紫色に染色する作用があるため、下着につかないようにガーゼ等で覆う配慮が必要です。